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前編
「お忙しい中、大変申し訳ありません。カナデ先生ご本人はいらっしゃいますか?」
夏の暑さも厳しいコミケ会場で、俺は大量の戦利品を抱えたまま、そのシャッターサークルの売り子に声をかけた。よくこの暑さの中落ちないな、と思う濃い化粧をしたコスプレ売り子が「カナデちゃんー」と段ボールタワーの前にうずくまっている主に声をかける。
「……はい。俺ですけど……」
「えっ」
「え?」
うだるような暑さの中、ふらっと立ち上がった細い男性。締切明けなのか、暑さにやられているのか、足元もおぼつかない感じで、タオルを巻き、周りの女性陣に扇がれている。カナデちゃん大丈夫ー?だのお水入れなきゃダメだよーだの。ここはハーレムか何かか?
カナデ先生は……確かに線は細いが男性である。そして、売り子は美人系から可愛い系まで揃ったコスプレ女性陣。暑さも合間って朦朧とする俺は、懸命に思考を取り戻し、あのあの、と気を取り直した。
「あの、カナデ先生ご本人でいらっしゃいますか?」
「ええ、はい。カナデです」
「私、T出版の日下部と申します!」
「はあ、T出版……」
名刺を差し出して、差し入れを渡し、前回の新刊感想の手紙を添える。そして、今日朝イチからゲットした本の感想を簡単に述べると、ありがとうございます、と、向こうもだいぶ暑さから気持ちを取り戻したようだ。会話ができていることに俺も嬉しく興奮した。今日は仕事もあるが、この感想を一言伝えられただけで満足な感はある。
胸のあたりが露出しているコスプレ売り子さんからのうちわ風おすそ分けは俺にも優しい。思い切って、急なお話で申し訳ないのですが、と本題に入ることにした。
「先生……BLにご興味ありませんか?」
そう伝えると、カナデ先生は隣の売り子から「ごめん、それ」と飲み物をとって、向こう行ってから話聞いてもいいですか、とサークルから離れた。
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