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カナデ先生は百合ジャンルの大手作家である。俺の専門はBLなのだが、いつもの通り、趣味と実益を兼ねて虎で新刊を漁っているとき、たまたま特集で目に付いた作家さんだ。
可愛らしい絵柄だけでなく、揺れ動く少女の心を巧みに描いており、また、カラーイラストが特徴的でなんとも言えない色気溢れる紙面に一気に惹かれた。
(確かに大きく分ければ男性ジャンルだった……いや、カナデ先生は女性ファンも多いし!あー……下調べ不足……!)
ちょっと待ってくださいね、マジで暑い、と凍らせていたらしいスポドリを飲んでいるカナデ先生の回復をまち、俺はシャッターから少し離れた日陰で彼と対峙する。勝手に女性だと思い込んでいたことは隠しておかねば……と思っていると、女だと思ってました?と向こうから言われてしまった。
「あ、いえ……その、すみません」
「いや、俺、イベントにもほとんど出ないし。いつも売り子さんに任せてて本人不在のこと多いから。今回も直接参加するつもりなかったんだけど……まあ、よく間違われるんですよ。気にしないでください」
「すみません……」
一応前情報を調べていたつもりだったのだが、確かにサークル内にすげえ美人がいた、だの、コスプレ売り子がすごい、だの言われていたが、本人については書かれていなかった。
「で。T出版さん。BL大手さんですね。差し入れもお手紙もありがたいです。あとでしっかり読ませていただきますね」
「はい!で、あの……実は私が先生の個人的なファンなのですが。あの心情描写をBLでみたいと思ってしまってBLにご興味ないかと。ツイッターのいいね欄でBLを誤いいねしているのを見てしまいまして、実はご興味あるのではないかとも思って、思い切ってのおうかがいなのですが……」
「あー……すぐ消したのに流れてました?俺、たまにロム垢と切り替え間違うんだよなあ」
「見てしまってすみません……何回かあったので、これは、と思ってしまって、駄目元でお声かけさせてもらいました!」
「フォロワーさんに嫌いな人もいるだろうから、一応気をつけてるんですけどね」
「気づいてしまってすみません……」
「いや、いいっすよ。そんなとこまで見てくれてるとはびっくりですけど。ツイッターの通知設定、なんか変わりましたもんねー。俺もTLにめちゃくちゃいろんなもん流れてくるしな」
話しながら、俺のストーカーぶりを晒しているようでちょっと不安になったけれど、相手は気さくに応じてくれる。さっきまでの疲れが抜けたのか、彼は一気にスポドリを飲みきっていた。
「あ、これ、追加いりますか?」
「あー、ありがとうございます。いや、マジで暑いっすね、コミケ。直接参加しないから、夏は地獄だって忘れてたな」
ははっと笑うカナデ先生は、よく見ると、いや、よく見なくても……かなりの美形だ。さっきまでうずくまっていて猫背で分からなかったが、こうしてみると、俺よりも背が高い。だいぶ生き返った!と伸びをする様も爽やかで、汗の匂いに塗れる会場よりも爽やかな香りがした(気がする)。
「朝から先生のサークルの列、すごかったですもんね」
「いや、もう姉にそそのかされて……夏限定セットとか作るんじゃなかったです。売り子はメイクに時間かかって紙袋セッティングの時間は役に立ってねーし。あ、身内なんすよ。俺、女兄弟ばっかで。さっきの売り子、姉と妹たちなんですけど」
「え!?そうなんですか!?」
「まあ、捌き早いし、普段は全部任せてるんすけど、今日でてきたら色々あって準備遅れて、いや、マジでやばいって……あ、だいぶ回復してきた。すみませんすみません。本題ね、BLのお仕事ですか」
「え、あ、はい!そうです!是非、カナデ先生に描いていただきたくて。まずお話をさせていただけないかと」
そう言って会社のパンフレットと条件などの書類をカバンの中で手に持ち、話をしていると、カナデ先生は、うーん、と少し考えた。
「御察しの通り、俺はBLも好きなので描きたいんですけど、ちょっと条件がありまして」
「ええ、それはもちろんお聞かせいただけましたら……今日は急にお声かけてしまって。こんな風にお話できるとも思ってなかったので、前のめりですみません!」
そう伝えると、日下部さん、と俺の名刺を見ながら、彼は笑う。
「秘密の話がしたいので、今度、別日に打ち合わせをさせてください。腐男子同士の話もしたいので」
そう言って微笑む彼の姿に、思わず「神……!」と拝みそうになりながら、俺はコクコクと頷いた。
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