⑧-3

1/1
19人が本棚に入れています
本棚に追加
/15ページ

⑧-3

じっと俺の話を聞いていた司は、難しい顔をしながら俺の方へ歩いてきた。 …と思いきや、俺のすぐ後ろにある青いアジサイの植え込みの前で立ち止まると、ちらほら咲き始めたアジサイの花の1つの様子を見るように指を添わせる。 こんな時でもマイペースなヤツ。 「俺は」 アジサイに興味を移したのかとちょっと呆れていると、司はそっと口を開いた。 「相手がどういう奴か知らないし、相手の本当の気持ちも分からない」 司の低く落ち着いた声が耳に響く。 ただ、と付け加えると、司は、アジサイを見るために下に向けていた顔を上げて、俺の目を見て言った。 「大切なのは、陽太がどうしたいか、じゃないのか?」 司の真剣で真っ直ぐな眼差しに射抜かれて、俺はその場から動けなくなる。 言葉は少ないけれど的確なアドバイスに、俺はハッと目が覚めるようだった。 自分の気持ちについて考えてもみなかった。 俺は、佐野と、どうなりたいんだろう? うんうんと考え始めた俺から背を向けて、 「全部、お前からの受け売りだけどな」 と呟いた司の声は、俺の耳に届かなかった。 ―――――― 下校時間を告げるチャイムが聞こえてきた。 ふと我に返って辺りを見回すと、広場はすっかり影が落ちて薄暗くなっている。 「わーっ!ごめん、司!」 作業道具を片付け始めていた司を見て、俺に後に続こうと、慌ててちりとりの中の雑草をゴミ袋へグイグイと詰め込む。 それに気付いた司は、パチンパチンにはち切れそうなゴミ袋の口を閉じるのに四苦八苦している俺の手を止めると、さっきよりも色濃くなった空を指さして言った。 「今日は先に帰っていいから」 …これはもしや、「余計なことをするな」という意味でしょうかね。 諦めてゴミ袋から手を離すと、俺は教室に鞄を忘れてきたことに気付く。 どこまでポンコツなんだ、俺は。 「鞄忘れてきたから取ってから帰るわ」 「あぁ。お疲れさま」 身体についた土埃をパンパンと払ってから、司に「またな」と手を振ると、俺は教室に向かって歩き出す。 このとき司がどんな顔をしていたか、俺は気付きもしなかった。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!