⑥-1

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あの話を聞いてから1週間。 佐野のあたりから何度か視線を感じたけれど、俺はそっちを見なかった。 それは梶さんに向けての笑顔だから。 もう勝手に2人でイチャついてくれ。 視線に気付かないフリをするだけで、これほど疲れるとは…。 カップルパワー、おそるべし。 日頃の何倍もどんよりと重くなった身体を引きずりながら、図書室の鍵を開けた。 図書委員の業務で、1ヶ月に2回ほど図書室の管理当番が回ってくる。 鍵を開けて、本の整理と貸出業務。時間になったら日誌を書いて、戸締まりをして、最後に職員室に鍵を返しにいく。これだけ。 定期テストや受験前は別として、放課後はほとんど人が来ない。 司書の先生もいたりいなかったりで、静かな空間のなかで黙々と作業ができるこの時間は俺のお気に入りだ。 いつものように窓を開けて換気をすると、埃っぽく生暖かい淀んだ空気が、一気に生まれ変わる。 図書室を通り抜けていく初夏の爽やかな風が気持ちよくて、思いっきり深呼吸をした。 貸し出しブースに入り、中の机に積まれていた返却本に日付けスタンプをパンパン押していると、ガラガラと音を立てて引き戸が開いた。 ―梶さんだ。 風になびく肩までの黒髪ボブ。涼やかな顔立ち。ひらりと揺れるスカートから覗く、スラリとした足。 引き戸を開けて図書室に入ってくる姿に釘付けになるほど、梶さんは綺麗だった。 もはや神々しい。 梶さんは図書室の中を一瞥すると、くるりと俺の方を向いて、貸し出しブースのカウンターに鞄を置いた。 「松本くんに話があってきたの」 「え?俺?」 ―佐野じゃなくて? と言いかけて、飲み込んだ。 そういえば、佐野も図書委員だっけ。 これまでの話のインパクトが強すぎて、すっぽり忘れていた。 当番のときが佐野と話す唯一の時間だった。 俺みたいな目立たない奴と喋る時でも何だか楽しそうで、人気者のコミュ力に恐れ戦いたものだ。 確か今日は、クラスの日直とバッティングしていたっけ。 そっちのほうが好都合だけど。
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