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⑥-2
「私ね」
すっかり忘れ去っていた佐野のことを考えて生返事していた俺は、梶さんのよく通る声ではっと我に返る。
「付き合ってる人、いるから」
……は?
妙に真剣な表情で、美女から彼氏の存在を告白されるって何のシチュエーション?
これ、なんてプレイ?
「知ってる。佐野だろ?」
反応に困って苦笑いを浮かべながら、梶さんを見る。
こんなとき、どういう顔をしたらいいか分からないの。
少なくとも、笑えばいいってもんじゃないことくらいは分かるけど。
すると梶さんは、キュッと眉間に皺を寄せて、
「違う」
と低い声で、しかもめちゃくちゃ忌々しげに顔をしかめて俺の言葉を否定した。
「私、隣のクラスの西原くんと付き合ってるの」
「西原?レスリング部の?めちゃめちゃガタイのいい?」
「そう。家が近くて、小さい頃から一緒だったの」
西原のことを話す時は、目元が柔らかくなるんだなぁ…なんて、話している梶さんの顔を見ながらぼんやりと思う。
恋するオトメな梶さんも、超絶可愛い。
「だから、佐野くんと付き合ってる噂はガセ」
迷惑してるのよね、と最後の方はほんの少しだけ語気を強めて言った。
つまり、何かのきっかけで俺が佐野のことで悩んでいるのを知った梶さんが、わざわざ訂正に来てくれた、と。
なんて律儀なの、梶さんは。
梶さんの気遣いに感激する傍らで、ふと疑問が頭を過ぎる。
佐野は一体「誰に」笑顔を向けていた?
俺の周りはほぼ撃沈しているし、梶さんより後ろにも女子はいるけれど、果たしてあの席から佐野が見えるのか…?
無い頭を捻っても、どうにも答えがでない
。
うんうんと唸り出した俺を見かねたのか、梶さんは、
「佐野くんは」
と、言いかけて引き戸の方を振り返ると、ハッとした表情を浮かべて言葉を切った。
「そういうことだから」
カウンターから急いで鞄を取ると、梶さんは風のように去っていった。
…なんなんだ、そういうことって。
ピシャリと閉められた引き戸と梶さんの勢いに圧倒されていると、その向こうからバタバタという足音が近づいてくることに気がつく。
―佐野だ。
真っ直ぐ走ってくる足音に、何故か俺はゴクリと生唾を飲み込んだ。
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