2.いきなりの転校

1/1
16人が本棚に入れています
本棚に追加
/15ページ

2.いきなりの転校

朝の冷え込みも厳しくなった十二月の初めにその事件は起きた。 そう、優菜にとってそれは大事件だった。 いつもと変わらない朝のホームルームだ。 担任教師の先生がちょっと寂しい顔をしながら話を始めた。 「今日はみんなに悲しい知らせがある」 先生は蓮の名前を呼んだ。 蓮は立ち上がってゆっくりと前へ出た。 「え? 何?」 優菜の全身に嫌な予感が(ほとばし)った。 「とても残念なことだが、柊木が家の都合で転校することになった」 教室内がどよめいた。 優菜は思考が止まって騒ぐ声も出なかった。 どうして? どうして? その言葉が繰り返し頭の中を走った。 しかも転校するのは明日だと言う。 優菜は中学卒業まで、ずっと蒼と一緒にいられるものだと思い込んでいた。 そして頑張れば高校だって・・・・・。 転校することをずっと黙っていたことを蓮はみんなに謝った。 いつもと変わらない日常をみんなと過ごしたかったらしい。 それは理解できることだった。 でも、明日だなんてあまりにも急過ぎる。 転校先はふたつ隣の県だった。 遠くないけど近くもない。 少なくとも同じ高校へ行くことはできなくなった。 優菜は目の前が真っ暗になった。 このまま離ればなれになるなんて嫌だ。 優菜は心の中で叫んだ。 みんなは蓮とラインの交換を始めた。 基本、この中学(がっこう)は携帯の持ち込み禁止だったが、個人的に持っている生徒も多かった。 蓮も個人のスマホを持っていた。 でも優菜は持っていなかった。 優菜は、まだスマホを持たせてくれない親を恨んだ。 優菜はその日の夜、決意した。 翌朝、優菜は校舎の下駄箱の前で蒼を待ち伏せしていた。 学校が始まってから、みんながいる前で呼び出す度胸はない。 それに放課後だと会えなくなってしまうというリスクがある。 だから学校が始まる前の朝しかない。 そう考えた。 優菜の心臓が爆発しそうなくらい大きく唸りだした。 校門から入ってきた蓮を見つけた。 心臓がさらに締め付けられる。 「来た!」 優菜は俯きながら大きく深呼吸をしたあと、くっと顔を上げた。 「柊木くん、お、おはよ!」 「おう、おはよ綾瀬」 蓮は下駄箱から上履きを取り出す。上履きをポンと床に落とすと脱いだ靴を下駄箱に入れた。 優菜も蓮に合わせるように同じ動きをする。 重苦しい緊張感の中、沈黙がしばらく続いた。 今だ! 言え! 心の中で叫ぶ。 「あの・・・柊木くん」 「ん?」 私はすうっとこれ以上ないくらいの大きな深呼吸をする。 「住所・・・教えてくれない?」 「住所?」 「あの、引っ越し先の住所・・・・・」 蓮はびっくりした顔で優菜を見つめる。 「ごめん。私ケータイとか持ってなくて・・・でも、お手紙とか出したいんだけど・・・もし良ければだけど・・・・・」 そこで言葉が止まった。胸がいっぱいで声が出なくなったのだ。 蓮はふっと軽く笑うと、そのまま教室へ行ってしまった。 ―え? 私、フラれたのかな? でもそうだよね。私なんかに手紙なんてもらっても迷惑だよね。 優菜はちょっと落ち込んだ。 六時限目の授業が終わった。 蓮ともこれが最後になる。 放課後のホームルームで蓮は別れの挨拶をした。 優菜は涙が溢れそうになるのを必死に堪えた。 蓮に直接お別れの挨拶をしたかったが、優菜にそんな度胸は持ち合わせてなかった。 すると、蓮のほうから優菜に近づいてきた。 ―え? 何? 優菜はびっくりして固まった。 「あの・・・じゃあな、綾瀬」 「う、うん・・・・・」 優菜はまた胸がいっぱいになり、これ以上声が出なかった。 こら! 何か言え、優菜! 心で叫ぶが何も出て来ない。 「これ・・・・・」 蓮はそう言いながら優菜に小さな紙きれを手渡した。 「え?」 優菜は受け取った二つ折りになった紙きれをゆっくり開いた。 そこにはラフな手書きで住所が書かれていた。 「あの・・・これ?」 「ああ、転居先の住所・・・・・」 「あ、ありがと・・・・・」 「おう」 蓮は照れ臭そうに頭をかいた。 「あのさ、実は俺・・・・・」 蓮が何か言いたげな様子で口籠る。 ―え、何? まさか? 優菜は思わず愛の告白を期待してしまう。 しばらくお互い無言の時が流れた。 「悪い、何でもない。二年半ありがとな」 「え?・・・あ、うん・・・・・」 優菜はふっと拍子抜けする。 蓮は軽く手を挙げてそのまま教室を出て行った。 優菜は茫然と蓮の後ろ姿を見送った。 バカみたい。 私なんかに告白なんてしてくれるわけがないじゃん。 しかも呆気に取られてお別れの言葉を言うのを忘れた。 本当にバカだ私は。 こうして蓮は転校していった。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!