1.初恋

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1.初恋

(れん)くんは私の初恋の人だ。 蓮くんはバスケ部のエースで運動神経はいいし、成績はいつもトップクラスだ。 私なんか相手にしてくれるわけがない。 告白どころか、同じクラスなのにまともに声すら掛けられない。  蓮くんとは一年の時からのクラスメイト。 だから私は二年間ずっと片思いだ。 ちなみに蓮くんという呼び方は心の中でだけ。 現実には『柊木(ひいらぎ)くん』としか呼べない。 中学三年の新学期が始まった初日、綾瀬(あやせ)優菜(ゆうな)は教室に張り出されたクラス替えの生徒表を覗き込んだ。 その同じ表の中に柊木(ひいらぎ)(れん)の名前を見つける。 優菜は心の中でガッツポーズをした。 これで優菜と蓮は三年間同じクラスになる。 でも、だからといって自分と蓮の関係がこれ以上近づくわけではない。 近づける勇気も行動力も持ってない。 それは優菜自身が一番よく分かっていることだった。 「よう綾瀬、また同じクラスだな」 後ろから来た蓮が優菜に声を掛けた。 いきなりでびっくりした優菜は胸がいっぱいになる。  「あ、うん。そうだね・・・・・」 その一言だけで会話は終わった。 優菜はもっと話がしたかった。 なのに胸の想いが詰まって言葉が出て来ないのだ。 なんという運の無駄使いだろう。 運の神様に怒られそうだ。 進学指導の面談の時、優菜はひょんなことから蓮の志望校を知った。 「やっぱり石高か・・・」 優菜はフッとため息をつく。 通称石高・・・・・石川高校は県内でもトップクラスの進学校だ。 今の優菜の成績で行ける高校じゃなかった。 やっぱり蓮くんは高嶺の花だ。 優菜は学校の帰りにお気に入りのコミックを買うため書店に寄った。 ふと学習書のコーナーで入試対策用の石川高校過去問題集が目に入った。 「ああ、蓮くん、ここを受けるのか・・・・・」 何気なく手に取って中を見る。 「うわあ、難し・・・・・」 優菜が心の中でとても無理だ、と叫んだその時だった。 「おう、綾瀬。お前も参考書を買いに来たのか?」 顔を上げた優菜の目の前には蓮が立っていた。 「柊木くん?」 びっくりした優菜は思わず固まった。 「あれ? お前、石高受けるのか?」 「へ?」 ―しまった! 優菜は持っていた石川高校の過去問題集を慌てて後ろに隠す。 「あ、ちっ、違うの・・・・・これ・・・・・」 「実は俺も受けるんだ、石高。仲間がいて嬉しいな」 「あっ、あの・・・・・」 優菜は言葉に詰まる。 まさか蓮が受ける学校だから見ていた、なんてこと言えるわけがない。 「あ、悪い。俺もう行かなきゃ。じゃあ、お互い頑張ろうな。目指せ石高!」 「違うの! あっ、待って柊木くん・・・」 慌てる優菜をよそに蓮は足早に書店を出て行った。 どっ、どうしよう! とんでもない勘違いされちゃった。 私の成績で石高なんて受験するだけでもおこがましいのに・・・・・。 「こんな成績で石高を受けるなんて正気?」 ・・・・・とクラスメイトから嘲笑される姿が優菜の脳裏に浮かぶ。 優菜の頭からザアーっと音を立てて血の気が引いていく。 まずいまずい! 冷静さを失った優菜はその場で参考書と問題集を買い漁っていた。 優菜はそもそも石高に合格できるなんて思っていなかった。 しかし、石高を受けても笑われない程度の成績は取っていないと。 よって目標は石高合格ではなく、受けても恥ずかしくない成績までもっていくという低めのハードルを設定した。 なんとも情けない目標だが、今の優菜には精一杯の目標だ。 その日から優菜の猛勉強が始まる。 運動会以外で初めて頭にハチマキをして机に向かった。 恋の力というのは凄いものだ。 優菜の成績は順調に上がっていった。 月日は流れ、通学路に並ぶ街路樹のイチョウがすっかり紅く色づいた十一月。 優菜は摸試の成績表を見ながら口元が緩んでいた。 『石川高校合格判定:C判定 合格率50%』 「やった。私、やればできるじゃん!」 春の摸試ではE判定(合格圏外)だったので、ここでのC判定(ボーダーライン)は驚異的な伸びだ。 本来の目標はここで達成されていた。 しかし、優菜の希望ステップは次へと進む。 もしかしたら、もう少し頑張れば蓮くんと同じ高校に行けるかもしれない・・・・・そう思った。
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