第二章 穏やかなる海は与えられないのは当然なりや

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中食後の座禅が行われた。座禅が終われば作務が行われる。万象は麓の村への奉仕活動を任された。今日は川作務と言って麓の村を流れる川の掃除。川を流れ、川原に落ちている葉っぱや小枝を一つ一つ取り除いていく気の遠くなる作業である。暦法師もそれに参加し、作務衣の裾を捲り上げて川を流れる葉っぱや小枝を取り除いていた。万象はその近くの大岩に座りぼーっと空を眺めている。 「万象、少しは手伝ったらどうだ? 狩衣を濡らしたくないのか?」 「そう言うわけではないのですがね…… そもそも狩衣でいいと言ったのはあなたではないですか」 「すまぬ、今日が川作務の日とは思ってなくてな」 「嫌なことを言うようだが、川の掃除というのは賽の河原の石を積む子供のようなものだぞ。上流から葉や枝が流れてくるのは止められんぞ」 「それでもだ」 万象はスッと立ち上がり、合唱し何やら呪文を唱えた。川の神様の正体を確かめるための呪文である。 「おや、ここの川の神様は九頭龍のようですね。西の国にて蘇ったヒドラを思い出します」 「この川の名前は確かに九頭龍川だが……」 「八岐大蛇(ヤマタノオロチ)のご親族のようですね。時折荒れては人を困らせるのも似てらっしゃる」 「あの者の眷属か…… 確かに野分(のわき)が来ると氾濫して荒れるところは似ておるな」 「九頭龍にお願いして荒れさせてもいけませんね。この国の天然自然の中にいる神様はちょっとしたことで機嫌を損ねますからね…… 他の川の神様にお願いしましょう」 万象は指を鳴らした。すると、二人の目の前に好々爺の老人が一柱顕現された。 「久しぶりですね」 「万象ではないか、バッカスと飲み会をして以来か」 「また今度、オリュンポスに登山に行くと伝えておいてください。ところで来てもらったのは他でもありません、目の前にある川に浮く葉っぱと木の枝を全て回収してください」 「極東の川に()つ国の川の神が干渉するのは良くないと思うのだが」と、好々爺の老人は訝しげな顔をした。 「同じ川の神様同士の交流だと思って」 「仕方のない奴だ」 好々爺の老人は軽く念じた。すると、九頭龍川より葉っぱや木の枝がふわぁりと飛び出て万象達の前に山積みとなっていく。瞬く間に川底まではっきりと見えるような清涼なる川になるのであった。 「短い川よの。すぐに終わってしまった」 好々爺の老人は姿を消した。暦法師は何が何だか分からずに顎を外して見ていることしか出来なかった。 「万象、今の老人は……」 「外つ国の川の神様だよ。三千柱ほどお見えになるうちの一柱だ。川のことであればどうにかしてくれる」 「また、西の西の国の神様か……」 すると、川の中より一本の龍の首が現れた。川に巣食う物怪の類か! 暦法師は陰陽師の時の習慣でつい構えてしまった。それを万象が止める。
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