金髪の聖女

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金髪の聖女

 空は厚い雲に覆われていた。その空の下、荒涼な大地を死霊の群れが行進して行く。俺はその群れの中にいた。  俺は一度死んだ人間だ。あれは、村に死霊の軍隊が攻め込んで来た時だ。無我夢中で振った事など無い剣を手にして、呆気ない程すぐ死霊に殺された。  そして気付くと、自分も死霊になっていた 。死霊になると思考力が停止する。自我は無くなり、ひたすら自分を死霊にした者の命令通りに動く。  俺を死霊にしたのはハーガットと言う男だ 。世間からは狂気王と呼ばれている。禁術を不法に習得し、次々に死者を死霊に変えていった。  その死霊の軍隊を操り、一つ、また一つと国を滅ぼして行った。俺も死霊の一兵卒として多くの戦いに参加、いや参加させられた。  そんな中、俺は他の死霊達との差異を感じた。俺は完全では無いが、自我を持ち思考する事が出来たのだ。  だが言葉は喋れず、行動も自由が効かない 。同じ様な者が居ないか周囲の様子を伺ったが、どの死霊も表情は虚ろで焦点一つ定まっていない。  どうやら俺は、死霊を造ったハーガットからすると失敗作らしい。死霊は不死者だ。だが、弱点もある。  まず陽の光だ。太陽を浴びると、身体は砂が崩れ落ちる様に四散する。そして聖水。身体を切られても苦痛を感じないが、聖水をその身に受けると耐え難い苦痛を感じ、身体が腐っていく。  そして治癒魔法だ。本来なら傷口を癒やすその魔法は、俺達死霊にとっては死の魔法だ 。治癒魔法を食らうと、かなりの確率で致命傷を負う。  最後は脳みそだ。俺達死霊は身体を切られても傷口は再生する。首を切断されても繋げれば生き残る。  だが、脳みそを潰されると再生は叶わない 。不死と言っても、死霊を倒す方法はいくつかあるのだ。  俺達と戦う連中も馬鹿じゃない。聖水や治癒魔法を使用するが、如何せん数が違った。俺達死霊は数に任せて敵を押し切ってきた。  そして俺達はまた行進を続ける。今度は何処の国の軍隊が相手なのか。俺は意識が半分 眠った様な感覚でそう考えた。  何処が相手でも同じだった。俺は脳みそが潰される迄、剣を振り続け戦うだけだった。 曇り空と敵軍隊。  俺は永遠に変わらない風景を顔を上げて見る。すると、俺の視線の先に人影が見えた。 荒れ果てた道の先に、一人で立っている者がいる。  ······それは女だった。長い金髪の髪が乾いた風に揺れている。白い法衣を身に着け、右手には銀製の杖を握っている。  死霊の先頭集団で異変が起きた。俺達の前を歩く死霊達の行進速度が鈍化し、詰まり始めた。  俺は首を伸ばし前を見た。そこには、金髪の女が死霊を相手に戦う姿があった。金髪の女は杖で死霊の首を次々と刈っていく。  女の持つ杖の先は、鋭利な刃になっていた 。だが数が違い過ぎる。女はたちまち死霊達に囲まれた。  その時、女は杖を大地に突き刺した。その瞬間、女の周囲が白く輝き死霊達の身体が消失していく。  白い光は女の周囲十メートル四方に広がった。その範囲に入っていた死霊は全て跡形も無く消えた。   女は光を発しながら走り出した。俺達死霊にとって、女は人の形をした死神だった。女の通った道の後には、消失した死霊達の塵が 舞い散って行った。  女は俺のすぐ目の前に迫って来た。俺は半分眠った心のどこかで安堵していた。これで俺は死ねる。  もう戦わなくてもいい。もう誰かを殺さなくてもいいのだと。その時、女を背後から弓矢で狙う死霊の姿を見つけた。  気づいた時俺は走っていた。女を守る為じゃない。俺を殺してくれる女を失う訳には行かなかった。  弓矢は放たれ、三本の矢は女の背中では無く、俺の胸に刺さった。痛みは無い。弓矢程度では死にもしない。  だが、俺は女の後ろに立った。それは、女の起こした白い光の範囲に入ったと言う事だ 。  白い光を浴び、俺は倒れた。意識が薄れかけていた時、金髪の女の顔が見えた。女は俺の顔を覗いていた。  ······女は若く美しかった。十七歳の俺より少し年上だろうか。長いまつ毛の瞳を悲しげに伏せ、俺を心配そうに見つめる。 「······どうして?死霊の貴方が私を助けたの ?」  女は綺麗な声をしていた。その時、喋れない筈の俺の口から、声が発せられた。 「······あんたの為じゃ無いよ。俺はもう死にたいんだ。死霊をやるには、俺は中途半端な欠陥品らしい」  俺の声を聞くと、女は俺の手を両手で握った。その時、女の腕の衣服の中から金属音が聞こえた。  そんな事より、何故俺の身体は消失しないのか?俺の疑問を余所に、女は涙を流していた。 「······ずっと私は探していました。貴方の様にまだ救える死霊を。今から貴方を助けます。私の命と引き換えに」  女が何を言っているのか、俺には理解出来なかった。俺が目にしたのは、女が俺の胸に手を起き、白銀色の光を起こした光景だった。   俺は自分の身体に異変を感じた。冷たく凍っていた血液が流れ始めた。そして手足の感覚が甦って行く。  驚き立ち上がると、俺の目の前に女が倒れていた。俺は女を抱き起こす。血の通ったその手に、彼女の体温を感じた。 「······どうして?どうして見ず知らずの俺の為にこんな事を!?」  何時以来だろうか。死霊になって以降、初めて俺は声を発した。女は弱々しく微笑み、俺に言った。 「······お気になさらないで下さい。これは私の贖罪なんです。私は貴方を救えれば、それで満足して死ねるんです」  女は両手を俺の頬に添えた。女の手は柔らかく温かった。その時、女の袖の中に鎖が見えた。  理由は分からないが、女は両腕に鎖を巻いていた。 「······貴方は人間として精一杯生きて下さい 。私の分まで」  女の消え入りそうな声に、俺は目頭が熱くなって来た。せめて、せめて俺が彼女に出来る事は無いのか? 「······名前。君の名前を教えてくれ!俺の名はキント。君の名前は!?」  俺の問いかけに、彼女は涙を浮かべ笑った 。 「······レファンヌ。私はレファンヌと言います。さようならキント。強く生きて下さい」  レファンヌと名乗った少女は、そう言い残し両目を閉じた。その瞬間、俺は涙を流した 。  通りがかりの死霊の俺に、自分の命を犠牲にして人間に戻してくれた。レファンヌが何故そうしたのか分からないが、彼女の姿、その行為は俺にとって正に聖女だった。  ······俺が感涙にむせぶっていると、俺は頰に添えられたレファンヌの手が動いている事に気づいた。  ······あれ?何故手が動く?レファンヌは息を引き取った筈じゃ。俺は頰に冷たい感触がした。  レファンヌの腕に巻かれていた鎖が、俺の頬の涙に押し付ける様に当てられた。え?この娘、目を閉じているだけで生きてる?  何かが俺の耳に聞こえた。鎖が砕ける音だ 。レファンヌの両腕に巻かれていた鎖が、右腕の方だけ砕けた。  その瞬間、レファンヌは両目を開け物凄い勢いで立ち上がった。 「勝った!私の勝ちよ糞ジジィ共!これで私は自由だわ!!」  レファンヌは鎖が無くなった右腕を突き上げ、高らかに叫んでいた。俺は眼球が飛び出す勢いで両目を開けレファンヌを凝視する。  ······何故レファンヌは生きている?いや、それよりもあの下品な言葉を大声で発している女は誰だ?  先刻までのしおらしい聖女の面影は一片たりとも無いあの女は何者だ?  教えてくれ。頼むから誰か教えてくれ。俺は長い間使って無かった脳みそをフル回転させ、必死にこの状況を考えていた。
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