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劇場への誘い
レファンヌは俺達を見下ろすハーガットに飛びかかろうとしていた。呪文が使えない彼女の武器は炸裂のブーツと銀の杖。
「物理障壁か!魔法障壁か!好きな方を選びなさい!」
レファンヌが怒声をハーガットに向ける。だが、狂気王は冷静さを少しも失わない。
「では第三の方法を選択させて貰おう」
ハーガットはそう言うと、浮遊させる身体を後退させレファンヌから距離を取る。レファンヌは失速し、地面に落ちる筈だった。
「炸裂のブーツ!!」
レファンヌが叫ぶと、彼女の両足のブーツの底から爆炎が発生した。その爆炎に吹き飛ばされる様に、レファンヌの身体は物凄い勢いでハーガットに向かって飛んで行く。
あ、あの女!自分の身体を飛ばす為にブーツを利用したのか!?レファンヌはあっという間にハーガットに迫り、右手に持った杖の刃先を突き出す。
「私に喧嘩を売った事をあの世で後悔するがいいわ!!」
レファンヌの声と杖がハーガットの眼前に届く瞬間、狂気王の後方に再び漆黒の鞭が唸りを上げて飛来する。
またアークレイが弾いた鞭が流れて来たのか!?ハーガットは前後から挟撃されようとした。
だが、狂気王にその攻撃は届かなかった。ハーガットの周囲に黒い壁が発生し、レファンヌの杖とメルサルの鞭は防がれた。
レファンヌはその光景を見ながら地面に危なげなく着地した。アークレイ、メルサルも交戦を中断しハーガットを注視する。
「我が漆黒の鞭を防ぐ魔法障壁など存在しない筈だが?狂気王ハーガット。貴様は今何をした?」
メルサルが前髪を手で掻き上げ、鋭い視線をハーガットに注ぐ。ハーガットはゆっくりと地上に降り立ち、白い顔をメルサルに向けた。
「魔法障壁と物理障壁を同時に張った。私が独自に創り上げた呪文だ」
ハーガットが言い終えた瞬間、アークレイが剣を振り上げ狂気王の眼前に迫っていた。
あ、あいつ、なんて速さで移動するんだ!?
アークレイの光の剣は、メルサル同様ハーガットの二重障壁に阻まれた。
「俺の光の剣も止めるか。メルサルの鞭を防いだのはまぐれでは無いと言う事か」
自らの剣を障壁に止められながら、アークレイは面白くも無さそうに呟いた。
「勇者アークレイ。魔王メルサル。そして金髪の聖女と不死の少年よ。そなた等には私の劇に是非参加して貰いたい。舞台はロッドメン一族との血で血を洗う戦場だ」
抑揚の無いハーガットの声が、初めて高揚しているように聞こえた。アークレイとメルサルは沈黙していたが、お淑やかに口を閉じる事が不可能な聖女が口を開く。
「お断りよ。三文芝居の劇如きに私が鑑賞に足を運ぶと思ってんの?ハーガット。あんたの劇とやらは失敗するわ。必ずね」
呪文が使えない身の女が、一片の恐れを見せず堂々と狂気王に宣言した。そのレファンヌの姿に、不覚にも俺は見惚れてしまった。
「······金髪の聖女よ。そなたのその力に満ちた瞳。それは如何様な源泉から生まれているのか。余は興味をそそられるぞ」
「あんたの興味なんて知った事か!巨大な魔力がご自慢のようだけど、魔力は無限じゃないわ。あんたの魔力はあとどれ位残っているのかしら?」
レファンヌがハーガットを睨む。そ、そうか。狂気王だって人間だ。呪文を使えば魔力を消費する。
「······月夜の逢瀬。白き髪の青年。夕刻に使えぬ魔法。なる程な。そなたの想い人が力の根源か」
ハーガットは静かに呟いた。俺にはそれがなんの意味を示しているのか分からなかった
。青年?想い人?
だが、ハーガットの言葉にレファンヌは蒼白な表情をしていた。
「······お前。お前が何故それを知っている!
!」
レファンヌが烈火の如く怒り、全身を震わせた。一方、その怒りを向けられた者は涼しい顔をしていた。
「余は探求に労を惜しまぬ君主でな。人の心を覗く術も心得ておる。心を知れば、それは余の描く芸術に大きく寄与する材料となる」
ハーガットの言葉は最早俺には理解不能だった。だが、レファンヌがここ迄感情を剥き出しにする姿は初めてだ。
その時、遠巻きにこちらを静観していたハーガット軍の兵士達の群れから一騎の馬が近づいて来た。
騎乗していた小柄な男は、馬から降り立ちハーガットに膝まづいた。
「ハーガット様!急使の報をお伝え致します
。ロッドメン一族が動き始めました。トランド要塞が陥落した様でございます!」
ハーガットに報告した男は、以前この街に来襲した一人、ロコモ大尉だった。
「······ふむ。残念だが劇の役者達を集めるのは中断するしか他ないか」
ハーガットはそう言うと、身体の周囲に風を巻き起こし始めた。
「勇者アークレイ。魔王メルサル。不死の少年。そして金髪の聖女よ。余とロッドメン一族が繰り広げる劇にそなたらを是非とも招待したい。予の居城に来るが良い」
ハーガットは自分が口にした固有名詞の者達を一瞥した。最後にレファンヌを見る。
「金髪の聖女よ。我が居城に参れば、そなたの想い人に会わせてやろう」
狂気王のその一言に、レファンヌの表情は固まった。
「そなたの疑問は理解出来る。だが余には可能なのだ。死人を甦らせる事がな」
ハーガットは淡々とした口調でそう言い残し、巻き起こした風に乗り夜の空に消えて行った。
レファンヌはその光景を目で追う事も無く
、伏せた瞳を下に向けていた。かがり火に照らされた彼女の表情は、他者からは伺えなかった。
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