不良品の死霊

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不良品の死霊

 死霊の発した言葉に、この場にいる誰もが絶句した。満身創痍のアミルダの身体は、死霊の備えた再生能力が働き修復が進行していた。  それは何よりアミルダが死霊になった証でもあった。自我を残していた俺でさえ、死霊の時は言葉を喋る事が出来なかった。  だが、アミルダは確かに喋った。それも俺に逃げろと。アミルダはまだ自我を残しているのか? 「······どう言う事だ?自我を失う死霊が言葉を発するなど聞いた事がないぞ?」  ロイエンスが眼鏡を外し裸眼でアミルダを見た。アミルダを死霊に変えた張本人が驚愕の表情をしていた。 「人間。魔族。数多の数が存在すれば、毛色の違う者も生まれるわ。大量に生み出される死霊なら、それは尚更じゃないの?」  レファンヌが鋭い視線をロイエンスに送りながら呟く。以前レファンヌが言っていた。俺は死霊の中の欠陥品だと。  だがら自我を残し、身体も自由が多少効いた。では、アミルダも俺と同じ欠陥品?もしそうなら。そうだとすれば!! 「レファンヌ!!アミルダに治癒の呪文をかけてくれ!!」  俺は倒れながら絶叫した。レファンヌが俺を半分人間に戻してくれた様に、アミルダもまだ人間に戻れる可能性がある!! 「冗談では無い。こんな貴重な実験体を逃してなるものか。ハーガット様に良い献上品が出来と言う物だ」  ロイエンスは十本の武器を移動させ、その刃を俺達に向けさせた。剣や槍は見えない手によって操られる様に俺達を襲う。  小さな森の中で耳をつく金属音が響く。レファンヌも。マコムも。アークレイもメルサルも。浮遊しながら飛来する剣や槍に応戦していた。  俺はロイエンスから視線を外さなかった。奴は周囲に風を巻き起こし、アミルダに近付く。あの白衣の悪魔は、風の呪文でアミルダを連れ去るつもりだ!! 「······そんな事、させるもんかあっ!!」  俺は背中から飛んで来た槍を弾き返し、前方へ向かって駆け出した。ロイエンスの右手がアミルダの肩を掴もうとしている。  ······駄目だ!!間に合わない!!俺は絶望感に襲われた。その時、頭の中で誰かの声が聞こえた。 『心臓の血と肉を寄こせ。さすれば更に大きな力をくれてやる』  以前にも聞こえた声だ。だがこの時の俺は 、悪魔に魂を売り渡す事すら逡巡しなかった 。 「ラークシャサ!!俺の心臓を喰え!!」  俺の声に呼応するように、三匹の蛇は胴体を伸ばし俺の心臓に突き刺さる。胸の内部に異物が侵入する事を感じながら、俺はラークシャサを振り上げる。  ラークシャサの刀身を包む紅い光りが、更にその輝きを増していく。 「アミルダは渡さない!!」  俺はラークシャサを振り切った。刀身を包んでいた紅い光は剣から離れ半月状に形を変えた。その刃は高速でロイエンスへ向かって行く。  ザンッ。  鈍い音が聞こえた。紅い光の刃はロイエンスの左腕を切断した。白衣の悪魔は苦痛に顔を歪ませながら、アミルダの肩を掴んだ。  その瞬間、ロイエンスとアミルダは風に包まれて空に飛翔した。レファンヌ達を襲っていた十本の武器もロイエンスを追うように空に消えで行く。 「アミルダァッ!!」  俺は空を見上げ絶叫した。そして心臓に鋭い痛みを感じ、意識が遠のいて行った。  途切れた意識の中で、俺は誰かと向かい合っていた。それは人の形をしたようでもあり 、獣の形にも見えた。だが、はっきりとは言語化出来ない形だった。     何故なら、俺は意識の中でその誰かを見ているようで見ていなかったからだ。 『······お前は誰だ?』  俺は意識の中でその誰かに話かける。 『何度も命を救った相手に随分な挨拶だな』  誰かは失望混じりに返答して来た。理由は分からない。説明も出来ない。だが、俺にはその声の主がラークシャサだと分かった。 『······なんで剣が喋るんだ?ラークシャサ。お前は一体何者だ?』 『半身死霊の者よ。お前が私の相応しい使い手か見定めてやる。私に認められれば、お前は巨大な力を得る事が出来るだろう。その肉と血を代償にな』  俺は意識が段々と覚醒して行く事を感じていた。ラークシャサは最後に俺にこう言った。 『私の名はラークシャサ。神喰いと呼ばれる者』 「······トさん。キントさん!」  聞き覚えのある声で俺は目を覚ました。目の前にはマコムが心配そうに俺の顔を覗いていた。 「······マコム」  俺は半身を起こした。蛇に食われた腕と胸の傷は再生していた。だが、心の痛みは治りようも無く、俺の胸を締め付けた。 「······遅かったか」  その時、ロイエンスが使っていた小屋の方角から声が聞こえた。俺はその声の主を虚ろな目で見た。  その者は、レファンヌと同じ白い法衣を着ていた。  
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