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第2話 エビフライは水嫌い
「お風呂、空いてるわよ〜」
ママの声が聞こえる。
今日、この時点で、家族の中でまだお風呂に入っていないのは私だけだ。
「今行くね〜」
私は着替えとバスタオルを持って1階へと降りた。
「あ……そういえば、エビちゃん泳げないんだっけ?」
私は気がついた。エビちゃんを肩に乗せたまま浴室に来てしまったということに。
「外で待っとく?」
「うん、そうする」
エビちゃんを脱衣所に残し、私だけが風呂に入る。
「そういえば…」
シャワーを浴びながらエビちゃんのことにふと考えを巡らせる私。
小さい頃に飼っていた文鳥は、確か水浴びをしていた。このように、人間以外にも体を清潔に保とうとする生物はたくさんいる。
だったらエビちゃんは、どうなんだ?
油でベタベタした体には、埃がたくさんくっつきやすい筈だ。
それじゃあ、どうやって清潔を保てばいいの?
「そうだ!エビちゃん本人に聞いてみようっと」
風呂から上がった私は、外で待ってくれていたエビちゃんに真っ先に質問した。
「エビちゃんって、お風呂には入れないよね?だったら、体の汚れはどうやってキレイにするの?」
「えっと、油…」
「油?」
「油風呂。それで、君が使ってるそのタオルの代わりにキッチンペーパーで体を拭くの」
「そっか…そしたら、エビちゃんのお風呂はここじゃなくて、台所になるわけだね!」
外から帰ってきたばかりのエビちゃんは、体が土や埃でやや黒ずんでいた。
「揚げ物の後は洗い物が大変だけど、私が片付ければママだって怒らないわよね…」
パジャマに着替えた後、私はエビちゃんを連れてキッチンへと向かった。
幸い、他の家族は自室に行ってもう寝る準備をしている。
「さて、お鍋に油を入れて…っと!」
鍋を火にかけ、熱した油にエビちゃんを投入する。
「あ、熱くない?」
「とってもいい油よ。気持ちいい〜」
まるで温泉に浸かっているかのような幸せそうな表情だ。
「さて、そろそろあがろうかな」
「はーい。キッチンペーパー用意したわよ〜」
菜箸でエビちゃんを油から出して、広げたキッチンペーパーの上に乗せる。
すると、エビちゃんは自分でその上をコロコロと転がり、油分を紙に吸い取らせた。
「油から出入りするのは、飛び込んだりすると油が跳ねて危ないから君に任せたけど、体を拭くくらいは自分でするね」
黒ずみも取れて、揚げたてほやほやの艶めいた衣。
私はエビちゃんの綺麗になった姿に嬉しくなった。
「さて、片付け片付けっと」
エビフライ一本分なので、油も浅く敷いていただけだった。それでも、紙に吸い込ませ、鍋を洗って片付けるのは結構な手間だった。
「ママ…揚げ物の日は、こんなに片付けが大変なのね」
エビちゃんを風呂に入れることを日課にするのは、私の気力と体力が続かないかもしれない。そう不安に思い始めた。
「あら、こんな時間にキッチンで何してるの?」
ママがキッチンに突然入って来た。
「換気扇、つけてなかったでしょ?エビちゃんの香ばしい香りが充満してるわよ」
「わ、忘れてたっ…ごめんなさい!」
私はすぐに換気扇のスイッチをオンにした。
「もしかして、エビちゃんをお風呂に入れてあげてたの?」
何と察しのいい母だろうか。ママには全てお見通しだったようだ。
「毎日揚げ物をするのって、大変よね?でも、2日に1回くらいなら頑張っちゃおうかな、新しい家族のために。エビちゃんは、その時ついでに揚げてあげるよ?」
ママが、エビちゃんの入浴を2日に1回、夕食前に保障してくれると言ってくれた。
「いいの?」
「だって、毎晩エビフライ一本のために油を使われたら勿体ないもの」
「ありがとう、ママっ!」
片付けを終え、ママの大変さも少しだけ実感したところで、狐色に輝くエビちゃんを肩に乗せて自分の部屋に戻った。
「さて、エビちゃんの寝るところ…」
ここで、私は大変なことに気がついた。
「わ、私のパジャマがあっ!」
エビちゃんから染み出した油で肩が汚れていた。
確かに、エビちゃんは揚げられて綺麗にはなったけれど、そもそも全身が油でコーティングされていて、人間の基準で見れば存在自体が不潔じゃないか。
「私のせい…?ごめん」
悲しそうな表情で反省するエビちゃん。
「そうだ!エビちゃん。いいこと思いついたっ!」
「なになに?」
「それは、明日起きてからのお楽しみよ」
私は、キッチンへ走って戻り、キッチンペーパーを3枚取ってきて、勉強机の上に重ね置いた。
「ここがあなたのベッドよ。おやすみなさい」
「ありがとう。とっても寝心地がいいわ」
早速、お手製のペーパーベッドに跳び乗って寝転がるエビちゃん。
コロコロと転がって嬉しそうにしているが、次第に動きが緩やかになっていき、遂には動かなくなってしまった。
「エ、エビちゃん?」
まるで普通のエビフライに戻ってしまったかのように、動かない。
心配して指先でツンツンと突いてみると、尻尾がピクッと一瞬動いた。
「よかった……きっと、いろいろあって疲れてたのね」
エビちゃんは、熟睡しているようだった。
私は安心して、さっき思いついたアイデアを実現するために、ある作業に取り掛かることにした。
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