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第5話 エビちゃん、学校へ行く
「学校って…どんなところ?」
「もしかして、行ってみたいの?」
ママも日中はパートで、家の中は誰も居なくなってしまう。
きっと、エビちゃん1人で留守番をするのは退屈だろう。
「よし、決めた!エビちゃん、私と一緒に学校へ行こう」
「連れてってくれるの?」
「でも、みんなびっくりすると思うから、動いたり喋ったりしたらダメよ」
私はエビちゃんと散歩することを想定し、専用の服をストラップのように鞄に取り付けられる仕様にしていた。
着衣のエビちゃんを鞄につけて、私は家を出発する。
「行ってきます!」
私が通う中学校は、地元の公立校で、家から徒歩で10分間ほどだ。
「それにしても、一見するとただのストラップにしか見えないわね」
言いつけを守り、ピクリとも動かないエビちゃんの擬態能力に私は感心していた。
「おっはよ!」
後ろから駆けてきた友だちが、私に声をかけてきた。
「おはよう」
挨拶を返す私。
「あれ?マサコ、新しいストラップ買ったの?」
早速私の鞄についている見慣れないストラップに気付くミキ。
「服を着ているエビフライなんて……かっわいい〜!」
彼女は興味深そうに手に取って見ようとする。
「って、あれ?もしかして、本物じゃあ…」
「まさか〜!リアルなエビフライの食品サンプルが偶然手に入ったから、それに手作りの服を着せてみたのよ」
「……す、凄い発想ね。あなたって、天才かも!」
何とか誤魔化せた…かな?そのまま話題は1時間目の数学のウザい教諭の話題となり、エビちゃんの話題については触れられないまま、2人で学校まで歩いて行った。
『キーンカーンカーンコーン』
教室に辿り着き、ホームルームが終わると、いよいよ授業が始まる。
「あー、朝っぱらからキモ山の顔を見なきゃならないなんて、金曜日は地獄だぁ」
これから始まる最悪の時間を嘆くミキ。彼女だけでなく、肝山先生のことが嫌いな女子生徒はたくさんいた。私もその1人だ。
『ガラガラガラ…』
扉が開く音。肝山先生が教室に入って来た。
「くんくん……臭う臭う。武智ぃ、鞄の中の焼きそばパンを出せっ!」
「ちぇっ、見つかっちまったか」
私たちの通う学校は、給食制。栄養士の考えたバランスの良い食事が毎日提供される。それ故に、食事の外部からの持ち込みは厳禁だった。
サッカー部の武智君にとっては、給食だけでは物足りず、いつも補食を持ち込んでは肝山先生に見つかり、没収されていた。
「くんくん…まだ臭うぞ?黛っ、香水の種類を変えたようだな」
「先生が、前の香水は匂いがキツいって言うからさぁ…」
「種類の問題じゃないっ!香水をつけて学校に来ること自体がルール違反だと言ってるんだ」
「はーい、以後気をつけまーす」
校則に厳しい真面目な先生、という見方もできるかもしれない。しかし、嫌われている一番の要因は、何と言っても見た目や特徴のキモさである。
彼は、禿頭にお洒落じゃない眼鏡、肥満体系、早口で話が聞き取りづらい、そして敏感すぎる嗅覚といった、女子が嫌いな要素を1人の人間に詰め込んだような存在だった。
「くんくん…今日は常連の武智、黛の他にももう1人、いるようだなぁ」
や、やばい!エビフライの香ばしい匂いは、彼の犬のような嗅覚から隠しきることなど不可能だ。
「真砂ぉ、今日のお前が3人目か」
私の横に来て立ち止まり、机に掛けた鞄のストラップを見る肝山。
「見せてみろ」
鞄からエビちゃんを外して手に取り、顔を近づけて観察し始める。
「これは、布にくるんであるが、立派なエビフライじゃないか」
美味しそうな匂いに、肝山は涎をすすり、鼻息を荒げる。
「ひぃっ!」
彼の鼻息が体にかかり、びっくりしたエビちゃんは、ついに声を上げてしまった。
「しゃべった⁉︎」
驚きのあまり、エビちゃんを手放してしまう肝山。
「これは、声が出るストラップなんです。しかも、本物そっくりなフレーバー付き!あはは」
私は何とか誤魔化そうとするが、足元を見ると、落っこちたはずのエビちゃんがいない。
「見ろよ!エビフライが逃げていくぞ」
エビちゃんは気が動転して、教室から飛び出してしまった。
「そのストラップには、電池まで入っていて動くのかね⁉︎」
「そんなことより…エビちゃんを追いかけなきゃっ!」
私は肝山の尋問も無視して教室を飛び出した。エビちゃんが全校生徒に見られたら大パニックだ。
「マサコ、待ってよ〜!」
既に教室の中はパニック状態。ミキをはじめ、生徒たちは動いて喋るエビフライの存在に騒然。一斉に教室を飛び出して、エビちゃんを探しに校舎内を走り回った。
「僕の授業が、台無しだぁーーっ!」
1人教室に取り残され、絶叫する肝山。
エビちゃんの初登校が、まさかいきなり学校全体を巻き込む大騒動に発展するとは…私は事態の収拾に向けて、奔走するのでした。
ーつづくー
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