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第6話 エビちゃんを探せ!
教室から飛び出したエビちゃんを追いかけ、廊下を猛ダッシュしていた私。
しかし、途中でエビちゃんの姿を見失ってしまった。
「エビちゃん、どこなの?」
他のクラスはどこも授業中。廊下はがらんとしていて、まだ探しやすいはずだった。
「授業が終わるまでに見つけなきゃ…」
休み時間になったら、廊下が生徒たちで溢れ返って、ますます見つけにくくなってしまう。
「マサコーっ!」
立ち止まっている私に追いついて来たのは、小学校からの友だちのミキだった。
「あのエビフライ、まるで生きてるみたいな動きだったわね。あんなに精巧な自走式のストラップ、どこで手に入れたの?」
ミキは未だにエビちゃんが作り物であると思っているようだ。
「今はそんなことより、あの子を早く見つけなきゃ…ミキは北校舎をお願い!私は南校舎を隅々まで探すわ」
「わ、わかった!」
私の迫力に押され、何が起きているのか十分に把握できないまま捜索へと向かう彼女。
「あ、真砂だ!どうやらあいつも見失ったようだぞ…」
「よし、先に見つけてSNSにアップしてやろうぜ!」
クラスの男子たちだ。喋って動くエビフライを捕まえたら、一躍学校の人気者になれる…そう思っているに違いない。
エビちゃんの存在がこれ以上広く知れ渡れば、きっとどこぞの大学に研究対象として連れて行かれたり、どこぞの博物館で見世物にされたり、もしくは大金持ちのコレクターに買われて剥製にされてしまったり……いずれにせよあの子が不幸になってしまう!
2階から4階までの廊下は探し回ったけど、どこにもいる気配がない。
窓の外を覗いてみると、校庭を捜索しに何人ものクラスメイトが出ているのが見えた。
「よーく考えるのよ。あの子の気持ちになって、想像しなきゃ…」
初めて出会って逃げられた時のように、エビちゃんの心理に想像を巡らせてみる。
あの子は私の言いつけを守って、他人からバレないようにしていたわ。
教室から逃げ出したのも、きっと人目を避けるためだ。
学校の中で誰も入らない場所…いや、入れない場所と言えば、あそこしかないじゃない!
私は階段を急いで駆け上がった。
向かった先は…そう、屋上だ!
「よし、着いた。……そうか、扉が開けられないんだった」
屋上は、自死の防止のためか、一般生徒は入らないように扉は鍵がかけられていた。
「どうしよう、ピッキングなんてやったことないしなぁ…」
あれ?大事なことを忘れてないか?鍵が閉まっていて扉に隙間など存在していない…ということは、この先にエビちゃんがいる可能性など皆無だ。
「他に人が集まらない場所……あそこだ!」
私は一段飛ばしで階段を駆け下りた。
途中、エビちゃんを探すクラスメイトたちともすれ違ったが、一切気にせず真横を突っ切って走り抜ける。
今日は1時間目に体育の授業をするクラスはない。きっとあそこに違いない!
一階の職員室に入って鍵を取ると、私は体育館まで一直線に走った。
体育館の扉の隙間なら、エビフライがギリギリ通り抜けられるはず…!
中は真っ暗な体育館。鍵を差し込み回そうとしたが、その時何が違和感が頭をよぎった。
『学校って…どんなところ?』
エビちゃんは確か、今朝家を出る前にそう言っていた。
学校に初めて来るエビちゃんが、屋上だの体育館だの、そういった設備を把握しているはずがないのだ。
もっと想像を巡らせるんだ。エビちゃんは…エビちゃんは……
「結局、エビなのよ!」
私が最後に向かった先は、オフシーズンで閉鎖されているプールだ。
あの子のジャンプ力と体の小ささなら、簡単にフェンスの外から中へと入れるはずだ。
職員室まで鍵を取り替えに行っている場合じゃない。ここは、私の正念場!
スカートの中が見えそうなのも気にせず、私はフェンスをよじ登った。
「エビちゃん!そこにいるの?」
プールサイドに着地するも、バランスを崩して左膝をついてしまい、軽く擦り剥いてしまった。
「いった…」
軽く出血してきている。これでもし、エビちゃんがここにいなかったら、血の流し損になってしまう。
「大丈夫?」
その時、足元に小動物のような小さい影が擦り寄ってきた。
「エ…エビちゃん⁉︎」
それは紛れもなく、エビちゃんであった。
「よかった…無事で本当に良かった……」
たったの40分間しか離れていなかっただけとは思えないくらいの喪失感を味わっていた私は、エビちゃんの姿を見た途端に何だか泣けてきた。
ぽろぽろと涙を流す私の肩にエビちゃんは跳び乗って、頬に寄り添いお手製の服で涙を拭ってくれた。
「怖かったんだ。あの先生の息を浴びて、咄嗟に食べられちゃうと思っちゃったんだ…」
「そうだったのね。怖い思いをさせてごめん…」
「そして、気がついたら嫌いなはずの水のそばまで来ていたんだ。自分がエビであることの宿命に、逆らえないんだ…そう思って、ここで1人自己嫌悪に陥ってたんだ」
エビちゃんも、油の涙を流し、私と一緒に泣き始めた。
「何だ?あそこにいるのは真砂か?」
プールの外に私たちの気配を感じ、男子生徒が集まってきているようだ。
「ほら男子たち!散った散った!キモ山がカンカンに怒ってるわよ!」
ミキが彼らをうまく追い払ってくれたようだ。
「さて、十分に泣き終わったら出ておいで。みんなが納得するようなシナリオを練ろう!」
親友の言葉に、胸が熱くなるのを感じた。
「ありがとうっ!」
チャイムが鳴り、プールから出た私たちは、まずミキに昨晩の不思議な出会いのことから説明をした。
そして、先生やクラスメイトたちを納得させ、騒動を最小限に収められるような説明を一緒に考えた。
2時間目のチャイムが鳴る頃には教室に戻り、私は教卓の前に立ってみんなに事情を説明した。
エビちゃんはエビフライの着ぐるみを着せたペットのハムスターだったけれど、肝山に触られたショックで逃走してしまい、そのまま行方不明になってしまった…と。
ペット持ち込み禁止ということで、他に校則違反をした武智君、黛さんと一緒に職員室へ呼び出され、生活指導担当でもある肝山から厳重注意を受けることにはなったけれど、騒動はそれ以上大きくなることなく済んだ。
もうエビちゃんを学校に連れて行くのはやめよう。そう心に誓った一日だった。
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