雨宿り

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「雨、なかなか止みませんねー」 「そうですね…」  寂れた商店街の一角にある大正時代から続く老舗酒屋。 二十代の頃に父から受け継いで早十数年、店番をしながら木造ガラス張りの開き戸から変わらぬ日常を眺める日々を送っていた。強いて変化を述べるなら、斜め向かいの花屋さんが昨年閉店し、ただでさえ少子高齢化が進んでいる商店街の活気がさらになくなったことだろうか。しかし、今日開き戸のガラスから見える景色は少しだけいつもとは違っていた。  突然の雨。困り果てた若い男女が我が酒屋の軒先で雨風をしのいでいるのだ。近所のおばちゃんたちが店の軒先でいつも飽きずに開催する井戸端会議は営業の邪魔だと思うが、こんな日はどうせ客なんて来ない。そもそも、こんな大雨の中で純粋に雨宿りする人たちを追い払うなんて流石の私もそんな鬼のような性格はしていない。しかし、タダで軒先を貸すのはもったいないと思い、気配を消しつつ男女の会話に聞き耳を立てていた。 「お近くの方ですか?」 「いや、たまたまこの周辺に営業に出ていたら急に降ってきて…」  会話を始めたのは男の方だが、会話を続けたのは女の方だ。男はスーツに着られているいかにも新人営業マンという感じで、女の方はパステルカラーのカーディガンと膝丈のスカートという中堅女子アナのような服装をしている。会話から察するにここが出会いってやつか。 「そうなんですね、なかなか止みませんものね。よかったら、私の家歩いて10分…走ったら5分ぐらいなので傘とかタオルとかお貸ししましょうか?」 「いやいや、申し訳ないっすよ。もう少し待ってみます」 「通り雨かもしれませんものね…」  女の方は男の目を見て話しているというのに、男は会話の節々で目線を合わせながらも常に右手にはスマホを持ち、意識はスマホに集中している状況だ。女の方結構綺麗な人なんだからそこは誘いに乗ってやりなよ!とついつい心の中で女の肩を持ってしまう自分がいた。  すると、ブォォォォォと大きめのエンジン音とともに寂れた商店街ではお目にかかることがない真っ赤なスポーツカーがやってくる。閉店した花屋の前に止まり、おもむろに運転席の窓が開いた。 「あ、慎ちゃんいたいた〜!」 「凛!助かったよ!」 「『急に雨降ってきたー傘持ってないー( ; ; )』 なんてメッセージ来たらソッコー迎え行くよ〜はい!乗って乗って!」 「あ、凛。傘とかタオルとか持ってない?一緒に雨宿りしてた人がいて…」 「凛」と呼ばれるおそらく男の彼女は、未だに雨宿りする女を一瞥すると 「あっ、今傘とかタオルとかは持ってなくて…よかったら家まで送っていきますよ!」 と男を迎えに来た時と同じ笑顔で女を誘った。 「いえいえ、申し訳ないですし大丈夫ですよ」 「そんなこと言わずに!」 「もうすぐ止むと思いますし、お気持ちだけいただきますね」 「ん〜じゃあ、ここで会ったのも何かの縁だし、彼氏を会社まで送って行った後にまだ雨降ってたら迎え行きます!30分後ぐらい!」 「ふふっ…じゃあもしその時まで降っていたら、お世話になりますね」 「はーい!じゃあ彼氏送ってきますね!」  なんだ「凛」すげぇいいやつだな。あの男の彼女だってことは確定、つまり軒先の女の失恋が確定してしまったけれども。ブォォォォォというエンジン音とともに「凛」と「慎」はこの寂れた商店街を去っていった。  客は来なかったけど、恋愛ドラマと人情ドラマ続けてみた気分だなあ。今日はいい日だ。 「チッ…」 いつもとは少しちがう今日という日に浸っていると、現状軒先にいる人物に似つかわしくない舌打ちが聞こえてくる。まぁそうだよな、狙ってた男に彼女がいたら舌打ちの一つでもしたくなるよな。彼女の前でその態度を出さなかっただけエライぞ!エライ! と、おせっかいおばちゃんのように心の中で女の背をポンッポンッと叩きながら慰めていると… パチンッ  またもや似つかわしくない音が軒先から聞こえてきた。指ぱっちんの音だ。女が指を鳴らすと、今までの大雨が嘘のように我が酒屋を中心にみるみると空が晴れていく。  女は、何事もなかったように軒先を去った。 『…え?』 いつもと「かなり」違う。今日は、恋愛ドラマと人情ドラマだけでなくSFものまでみてしまっていたようだ。
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