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「私は、大手商社に勤務しています。どんな資格を取ることが就職に有効かも知っているし、今まで培った人脈もある。若いお二人の未来に役立つ知識をたくさんご教授できますし……なんでしたら、将来の良い就職先をお約束することもできますよ。もちろん、私に投票してくださったら、の話ですが」
アヤコが売りにしたのが金ならば、カスミは知識といったところか。どうしよう、と私は思う。次は、私の番だ。しかし、アヤコやカスミのように売りにできるものが何もない。そして、カツエのように、同情を引く要素も何も持っていない。普通の家、普通の家族、普通の女子高校生でしかない私には。
此処で自分は、死ぬのかもしれない。死にたいとは思わない、けして。
それでも、何もしないで、後悔して死ぬことだけは嫌。私は混乱しながら、焦りながらも――必死で、口を開いた。告げた言葉は。
「私は……アピールできることなんか、何もないです。皆さんみたいに、投票してくださった方に……何かメリットを提示することもできません。何の取り柄もない、普通の女子高校生だから。でも……」
一番“いらない人”は私なのかもしれない。
それでも言いたかった。自分が最後まで自分でいるために――人間であるために。
「でも、私は。こんなゲーム、絶対に間違ってると思うんです。人が増えすぎて大変なのはわかってます。だけど、だからってこんな……よく知りもしない人達でアピールさせて、投票させて、無理矢理いらない人を決めさせるなんておかしい!私達にはわからなくても、誰かはみんな、誰かにとって誰より大切な人かもしれない。それを、赤の他人に決める権利なんかないのに……!」
犯罪者じゃないのに。みんな、幸せになるために生まれてきたはずだというのに。
どうして、こんなことをやらされなければいけないのだろう。何故、いらない人なんて残酷なものを決めさせられるのだろう。
みんながみんな、生きていたい。そう望むことの、何がいけないのか。
「こんなこと言っても綺麗事なのはわかってます。私も、誰かに投票しなくちゃいけないし、きっと拒否権はないから。でも……でも、これだけは言っておきたかったんです。最後までちゃんと、人間でいたいから。人間として、大事なものを捨てたくないから、だから」
『時間デス、最後、ミクさんドウゾ』
「!」
全てを、語ることはできなかった。無情に告げられる時間。私は皆の視線を感じたまま、俯いてテーブルを見た。
理想論だと、きっと鼻で笑われていることだろう。それでも、私は思うのだ。
その綺麗事を完全に捨ててしまったら、それは。自分で自分を捨ててしまうことと、一体何が違うのだろうか、と。
「……私は、このゲーム二回戦目なの」
そして。一番幼いミクは、とんでもないことを言い出すのである。彼女は笑っていた。この、恐ろしい状況にも関わらず。
「その様子だと、みんなは一回目だよね。だから知らないんだと思うけど。二回目の人は、特別な権利を与えられるの。それを使って、ゲームを有利に持っていくことができるんだよ。なんだと思う?……私は他の人の“残り回数”を減らすことができるの。このゲームは三回勝たないと生き残れないけど、私がその権利を使った人は……残り回数を、一回減らすことができるんだよ」
「!」
「ちょ、ちょっとそれ本当なわけ!?口からでまかせじゃないの!?本当だって証明できるの!?」
アヤコが真っ先に食ってかかる。ミクは涼しい顔で、証明は無理だな、と笑った。
「だって、このゲームが終わって部屋から出て次の部屋に行かないと、効力が発揮されないんだもの。今ここで、私がその権利を行使したことを証明する方法はないよ。だから、信じる信じないは自由。でも信じてくれるなら……私に投票してね?みーんな」
きっとハッタリだ。そう思ったのは、私だけではないだろう。だが、同時にこうも思った筈である。この短い時間で、こんな幼い少女がこの方法を思いついたとしたら、なんて末恐ろしいのかと。
彼女の言葉が本当であると、証明する方法はない。そして同じだけ、嘘であるということも。嘘か本当か知るためには、彼女に投票して――彼女を生き残らせるしかないのである。
そして間違いないこと。今の私達にとっては、どんなお金よりも知識よりも、今ここで“生き残る”ことが最も優先されるのである。彼女はその“生き残る”権利を提示してきたのだ。それが自分達にとって、最も無視できないお宝であると知っているからこそ。
――無理だ。……勝てない。
私は、悟った。この少女が、一位になるだろう。最下位は私だ。何故なら私だけが、皆に対して“生き残るべき価値”を提示できなかったのだから。
私はここで、殺される。家族や友達にもう一度、生きて会うことが叶わずに。
――お父さん、お母さん、ケンタ……アイちゃん、カコちゃん。みんなみんな、ごめん。本当に、ごめん……!
『それでは、全員のアピールが終わりまシタ。投票してくだサイ』
運命の投票が、始まる。
私はぎゅっと目を瞑って――ボタンを、押した。
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