2度目の春

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午後、大智はダイニングテーブルの上で、相変わらずパソコンのキーボードを叩いていた。 この後もクライアントとのウェブ会議が夕方から控えているが、まだ時間がある。 社内にいると、話しかけられたり雑用を押し付けられたりして、なかなか捗らない事務作業も——在宅だとスムーズだった。 このペースであれば、来週に提案予定の見積もりと提案プランをまとめられそうだ。 音が、このまま大人しく仕事をしていてくれれば。 大智は背もたれに寄りかかって、リビングで猫のように丸まった音の背中を見た。 ローテーブルの上にパソコンとスケジュール帳を開いて、一応、真剣な表情をしている。 今は彼が打ち合わせの最中だった。 あの後、定例会議を終えたらあっという間に昼になり、音がインスタントラーメンを茹でてくれた。 ラーメンどんぶりが目の前に置かれてもなお、大智は少し腹を立てていたが——音にはまったく気にしている様子が見られなかった。 反省どころか「チーが真剣な顔してると、つい邪魔したくなっちゃうんだよ」と緩みきった表情で言い放つ。 麺をすするたびになんだか馬鹿馬鹿しくなってきて、音への怒りは、そのまま湯気にとけてなくなった。 大智はパソコンに向き合ったが、キーボードから指を浮かせたまま——ふたたび音に視線をずらした。 本日、ようやく目にした彼の真面目な表情に、ささやかな悪戯心がわいたのだった。 画面に映り込まないように、そっと近づく。 上司とクライアントらしき女性の3人で打ち合わせをしているようだ。 大智が近づくと、音は横目でこちらを見てきた。 そして、先ほどされたように、彼の膝に頭を乗せて横になる。 そのまま頭をゴロゴロと動かすと、音は邪険にするどころか、まるで猫でもあやすように、額を撫でてきた。 こちらを見下ろす目が、優しい。 彼の実家には3匹、猫がいると聞いたが——彼に飼われるならば、猫に生まれ変わるのもわるくないだろうな、とぼんやりと思った。 しばらく膝枕のまま彼の顔を真下から眺めていたが、彼は慌てる素振りすらない。 時々、思い出したように額を撫でてきながらも、とりあえず会議に集中している。 大した反応も得られないので、大智はひとまず体を起こそうとした。 そのとき——額を撫でてくれていた手で、今度は肩を掴まれた。
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