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「また2カ月ぐらいしたら、次の新卒くるらしいよー」
隣で同僚の武山が頭をかいた。
こちらが椅子を回して体を傾けても、彼女はモニターを睨みつけたまま微動だにしない。
「もうそんな季節か。一年はあっという間だねぇー」
湯川聡介はなにげなく彼女の視線の先を追った。
そこにはクライアントからの修正指示と思しき赤字がびっしり入ったレイアウトが画面いっぱいに表示されていて、心の中で同情した。
こりゃあほぼやり直しだろうな————
「ということで湯川君、次も新人教育係やってくれるんでしょ? ホント助かる〜」
突然、彼女の声がおもねるようなトーンになり、湯川は慌てた。
上長から実務以外の面倒ごとを任されるのは大抵、湯川か武山なのだが、彼女には事あるごとに言い訳をつけてこちらに押し付てくるという悪癖がある。
「いやいや、武山さんでしょ。どう見ても」
昨年、新人研修の教育係を担ったのは湯川だったから、流れで行くと今年は彼女の番なのだ。
「あたしそういうのダメだから。コミュ障だし、教えるのとかまじで無理。それに5月ごろはC社のSSのカタログ制作が始まるから忙しいしさ」
「……コミュ障のわりにはぺらぺら話しかけてくるじゃんよ」
「いや、それは相手が湯川君だからでしょ。人当たりいいから。新人も湯川君に教えられたほうが絶対いいと思うんだよね」
武山はくるりとこちらを向き、両手を胸の前で合わせた。
なにがなんでも、自分でやる気はないらしい。
「お願いー。だって湯川君のほうがそういうの上手じゃん。今の新卒とも仲良いしさー。成田君だっけ? あの可愛い子」
成田。
思いがけず耳にしたその名に口をつぐんでいると、武山は続けて言った。
「あたしはどっちかというと羽田君派だけどねー」
羽田。
彼女から立て続けに発せられたふたつの名前は、凶器となって傷心にめり込んだ。
女性陣から可愛い可愛いと言われている男性新入社員ふたりが実は恋愛関係にあって、しかも、そのカタワレと自分もかつて付き合っていたのだと知ったら、彼女はどういう顔をするのだろうか————
「おい、そこは俺って言っとけよ。今の流れでは」
「あー、うんうん。もちろん湯川君がいちばーん」
手のひらをひらひらと振りながら、棒読みで答える。
ひとしきり笑った後、彼女はふたたびモニターと向き合ってしまった。
そして、互いに作業に戻ったとき、念を押すようにこぼしたのだった。
「というわけでよろしくね。私から部長に言っとくー」
湯川は反論するのも馬鹿馬鹿しくなり、大きなため息で返した。
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