2度目の春

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2度目の春

ゴミの集荷カレンダーをチェックして、5月ももう終わりなのだと気づく。 成田(なりた)大智(だいち)は、可燃ゴミをまとめるついでに、ページを破いて袋に入れた。 ゴミを捨てて戻ってくると、テーブルの上にはふたつ、マグカップが並んでいて——その縁から、もわりと湯気が立つ。 朝の光のなかで幟のようにひらひらとそよぐのを見ながら、サンダルを脱いだ。 「チー、パンになに塗る?」 キッチンの奥から、心地のよい声が響いてくる。 その独特のリズムに耳を傾けながら、大智は夢心地に言った。 「んー、苺ジャム」 「りょーかい」 ——もともと、音の家にあったこのマグカップとサンダルを、ふたりの新居に持ってくるつもりはなかった。 元の彼女の物だと思っていたそれらが、わざわざ自分のために用意されたものだったと知ったのは、彼の部屋で荷造りを手伝っていた時だ。 「チーを初めて部屋に呼ぶ前、チー用に買ったんだよ」 彼からそう聞かされた瞬間「捨ててほしいもの」だったこのふたつは「持っていくもの」に昇格したのだった。 一緒に住み始めてからふた月とちょっと。 羽田(はねだ)(おと)と過ごす2度目の春は、想像していたよりもずっと穏やかに、満ちたまま過ぎていった。 「在宅勤務だと、ゆっくり朝ごはん食べられていいね」 大智の分のトーストに甲斐甲斐しくジャムを塗りながら、音が言った。 平たいスプーンのつぼで、パンの表面をひっかくざりざりという音が、彼の声の合間にリズムよく響いた。 彼の奏でる音色は、どんなものでも心地よく感じる。 手を止めて、耳を傾けたくなるような——不思議な魅力があった。 「休みみたいなテンションで言うなよ」 大智が言うと、音は均一にジャムの塗られたパンを差し出しながら笑った。 「だって嬉しいんだもん。最近、チー遅いから」 パンに塗られたジャムは、ひと月前、いちご狩りに行ったときに摘んだ果実で、音が煮てくれたものだった。 輪郭を失ったいちごがとろけて、艶々と光っている。 「ん。ごめん」 大智は素直に詫びてから、トーストをかじった。 ——ここ最近は仕事が忙しくて、帰宅時間が遅くなることが多かった。 やっとひと段落したものの、週末は体調が優れず寝てばかりいたから、ふたりでまともに過ごせていない。 月曜日を在宅勤務にしたことを告げると——音も嬉しそうに在宅勤務に切り替えたのだった。
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