2度目の春

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「チー」 先ほどから、彼の視線を感じる。 大智には、彼が要求していることがうっすらと把握できていた。 「どうしたの」 パンをかじりながら、大智はさりげなく聞いた。 くずが、パラパラと白い皿の上に散らばる。 音は微かに身動ぎをしながら、マグカップの持ち手にふれた。 「エッチしたい……」 あまりにも率直なひと言に、思わず顔を上げた。 「月曜の朝一からなに言ってるんだよ」 「だって、全然してない……」 音の声は、掠れて上擦っていた。 爽やかな朝に突然、紛れ込んできた熱っぽい欲求に——大智はなんとなく居心地がわるくなった。 しているじゃないか。現に昨夜だって——言おうとしたが、口をつぐんだ。 一緒に住み始めてから、最初の1週間は毎日肌を合わせていた。 しかし、今は体の負担を考えて、最後までするのは週末のみと決めている。 その手前までの行為は、ほぼ毎日——もちろん、昨日も最後まではできなかったとはいえ、例に漏れず、しているのだ。 つまり、彼の「したい」はそういうことなのだろう。 「夜ね」 「むらむらする……」 音の言葉を受け、大智はマグカップの縁に前歯をぶつけてしまった。 音は頬杖をつきながら、物欲しそうな目で見上げてくる。 ずっと見つめていたら、それこそ彼の思惑にはまってしまいそうで——咳払いをしてごまかした。 「さ、あと15分で部会だから準備しないと……」 残った角の耳を口に詰め込み、パン屑のついた指先を擦り合わせて皿の上に落とした。 音の皿にはまだ手付かずのトーストが乗っている。本人は頬杖をつき、ぼんやりと一点を見つめたままだ。 ——どうやら不貞腐れているらしい。 そして、もうすぐ始業時刻になるが、まだパソコンを開く気がないらしいことも察知した。 「ほら、はやく食べちゃいなよ」 大智は椅子を引いて立ち上がると、音の頭を撫でてから、皿とカップを重ねて流しに置いた。
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