2度目の春

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リモートワーク制度は、総務人事部の瀬戸内が「社員の働き方改革プロジェクト」なるものを立ち上げた際に導入されたとらしいが、新卒のうちはほとんど使うことがなかった。 2年目になりようやく、自分のペースで仕事ができるようになってきて、以来、たまに取り入れるようになった。 月曜日朝の定例会議にリモートで参加するのは、これが初めてだ。 オフィスの大会議室には一台、カメラと大型モニターが設置されており、出社しているメンバーの様子がわかるようになっている。 在宅勤務のメンバーはそれぞれパソコンのカメラを通じて、共有画面で個人の様子を伝えたり、資料を映したりする仕組みだ。 「今から会議だからね」 大智は所定のダイニングテーブルでノートパソコンを開くと、念のためリビングにいる音に一声かけてから会議の参加ボタンを押した。 ——このようにリモートで打ち合わせをする際は、大智と音、それぞれ固定位置を決めていた。 大智はダイニングのテーブル、音はリビングのローテーブルにパソコンを置き、壁をバックにして座るルールだ。 打ち合わせ時は「カメラを必ずオンにすること」という社内ルールがあるため、画面に映る背景が同じにならないようにという配慮だった。 ふたりが一緒に住んでいることは、ごく一部の人間しか知らないし、必要以上に言いふらす気もない。 特に同部署にいる同期、水原(みずはら)あかりにだけは知られたくなかった。彼女にバレたら、同期全員にあっという間に広まってしまうだろう。 必死な大智に対し、音はというと——あまり気にしていないようだった。 会議中の大智の後ろを平気で歩こうとしたり、「コーヒーいる?」などと声をかけてきたりする。 気にしていないというよりも、こちらが慌てふためくのを楽しんでいる節さえあった。 「おはようございます」 今日は、大智のほかにもひとり、リモート参加の部員がいるらしい。 モニターに向かって挨拶をして、軽く頭を下げると——マイクをオフにした。 会議では議事録を担当していることもあり、自分の進捗報告時以外はあまり発言をしない。マイクをオンにしていると、タイピングなどの雑音を拾うので、基本は切るようにしている。 メモ用のソフトを立ち上げて、部長からの報告が始まるまでの短い間——大智はリビングのほうを見た。 音はどうやらピアノをいじっているようだ。 ベッドフォンをしているから音色までは聞こえないが、鍵盤を叩く独特の音が、部屋の向こうから響いてくる。 もちろん、ローテーブルに置いてあるパソコンは閉じられたままだ。 彼はどうやら、有給休暇と在宅勤務を混同しているらしい。 呆れながらも、会議の内容に意識を集中させた。
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