28人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ
ここから決まって沈黙の時間となる。
通い始めた頃は、半時間ほども佐竹老人の背中とテレビ画面を交互に
見ていたような気がする。
ニュース番組が切り替わるタイミングで、振り向いてくれるように
なったので、最近の田島は期待感を持っていた。
「わしは、あんたになんか、頼っておらん……」
それだけ言った老人は、またテレビの方を向くと、湯飲みを手にした。
いつ風呂に入ったか分からない、ボサボサの白髪頭を見詰めながら田島は溜め息をつき、
「そうは言ってもですね……街まで買い物に行くのも大変でしょう……」
「……」
「去年からバスも廃止になりましたし……。お隣の大石さんご夫妻も、引っ越されましたからね……」
「……」
隣家に住んでいた大石夫婦は、佐竹老人と同い年くらいだったが、実に面倒見が良く、独り身の佐竹老人のために、買い物や家事の一部を手伝ってくれていたのだ。
しかし、その大石夫妻も、一ヶ月前に移住してしまったのだった。
いま思えば、その時がタイミングだったのだ。
田島は、佐竹老人がこれほど頑固者だとは思ってなかった。
さらに田島には、佐竹老人が、これほどまでに移住を拒む理由が分からなかった。
もう間もなく、この『G地区』での居住は禁止される。
それは、この地区が誕生してから、既に100年以上の歳月を経過した
からで、高齢化時代の町としてふさわしくない――という判断を政府が
下したからだった。
ちなみに、この地区が無人になった後は、改めて整地しなおし、緑地公園にするのが政府の方針だった。
最初のコメントを投稿しよう!