エピソ-ド1 記憶

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エピソ-ド1 記憶

 忘れたいことばかり、何故か記憶に残っている。自分が過去にした過ち、こじらせていた時にやってしまった黒歴史。「こうしておけばよかった」と、後悔の残る恋愛。全部そうだ。忘れてしまおうとは思っていても、それらはそう簡単に消えてくれない。自分の脳内に記憶という名の消えることのない足跡が残る。人間として生を受けたのなら、誰にだってあるに違いない。            高校三年生の春。月城碧はいつものように、朝早くに家を出て学校に向かう通学路を歩いていた。春になったということもあってか、既に開花した桜の木がいつもの通学路を鮮やかに彩らせている。桜の美しさに目を奪われた碧は、ふと気の前で立ち止まった。 「桜・・・。もうそんな季節だったのか。」  碧の目の前で咲き誇る花を目にして、彼はふと言葉を漏らす。すると、春風が桜の木を揺らした。そしてその勢いで散ってしまった1枚の花弁が、碧の掌にやさしく乗った。それを目にした彼は、微笑んでから花びらに少し強くに息を吹きかけ飛ばした。それから碧は、学校に向けて再び歩き始めた。   歩いて約20分。ようやく学校に到着した。今日は始業式であるから、きっと生徒代表スピーチをする生徒や、会場設営などの仕事をしなければならない生徒会役員が先に来ているのかもしれない。そんなことを思いながら、碧は靴を履き替え、自分の新しい教室へと向かう。校内が静寂に包まれている。いつも休み時間が騒がしと思えない。 三年生の教室は一階で靴棚からも近い距離にある。碧のクラスはA組。靴棚から少し離れた距離にあった。男子トイレとホワイトボ-ドの間にある廊下を歩く。A,B,Cと三つの教室が並んでいる。碧は廊下の一番奥にあるA組の教室に入っていった。いつもはこの時間帯に学校に来ても基本は朝練のある運動部の活気のある声や吹奏楽部の楽器の音ぐらいしか聞こえてこない。ふつうは静かな教室の雰囲気が苦手なはず。しかし、碧は逆だ。大人数で騒ぐのを好まず、基本的に一人を好む。だから、毎日朝早く来て静かな教室の雰囲気を味わっているのである。今日もきっと誰もいないだろう。碧はそう確信していた。しかし、その期待はあっさりと碧を裏切った。  教室に入ると、見知らぬ男子生徒がすでに来ていた。その光景を目にしたとき、碧は不機嫌そうな表情を浮かべていた。一人でこの静けさを味わうのは好きであっても、すでに誰かがいる状況下で黙ったままでいるのは気まずいということもあり嫌いなのだ。だが碧はそんなことを気にせず自分の席に着き、本を読み始める。孤高の一匹狼である碧は集中力が高く、何かに夢中になってしまうと周りが見えなくなる。それが碧の長所なのかもしれない。  十数ぺ-ジほど読み終わりページをめくろうとすると、例の男子生徒が立ち上がりこちらへ近づいてきた。話しかけられても適当に流そうと思い、碧は読んでいた本を閉じて、彼のほうを見た。そして、その男子生徒は碧に声をかけてきた。 「あのさ、ちょっといい?」 「いいけど。俺になんか用?」 「特別大事ってわけじゃないよ。ただ、仲良くなりたいと思って」 「ふーん。まあ、別にいいけど」 「ほんと?よかった-。ところで、名前聞いてもいい?」  碧の反応を見るなり、彼はとてもうれしそうな表情を浮かべていた。他愛もない会話や友人同士の些細なじゃれあいすらも避けてきた碧にとっては、彼みたいな人が声かけてくれたことが何よりもうれしかったのかもしれない。彼の問いかけに対し碧は少し視線をそらしながら、答えた。 「…月城碧。好きに呼んでくれて構わないから」 「碧くんね。よし、覚えた。僕は百瀬晃。こうって呼んでくれると嬉しいかな。とにかくこれからクラスメイトとしてよろしくね、あおちゃん♪」 「あおっ・・って、女子みたいな呼び方すんな・・・!!」 「あっはは・・!!ごめんごめん。反応がかわいくてついからかっちゃった」 「なんだよそれ・・・。ほんと、変な奴」 「そりゃあど-も。改めて、これから仲良くしていこうね」  そう言って晃は碧にそっと手を伸ばし握手を求める。伸ばされたその手はまるで雪のように白く、とても細い。一度握手を躊躇した碧だったが雪のように白く美しい晃の手に魅了され、差し伸べられたその手を握った。握った手は小さくて柔らかい。強く握ってしまったら、すぐにつぶれてしまうかもしれないと思った。手を握った際、碧は少し頬を赤らめていた。 「あれ、どうしたの?顔赤いよ?」 「べっ、別に…。なんでもないから」  碧の表情をみて、晃は怪しい笑みを浮かべた。たった数分前仲良くなっただけなのに、彼の表情や何気ないしぐさに胸がキュッと締め付けられる。今まで生きてきた17年間の中でこんな思いをしたのは初めてだった。味わったことのない気持ちが胸を支配する。碧は思った。これがいわゆる恋なのだと…。
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