仕事を見つけた小さな探偵

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私がそう言った途端、青年はニヤリ、と口角を静かに上げて笑った。 「流石探偵、とでも言うべきですかね。この程度の罠には引っかかりませんでしたか」 「罠……ということは盗聴していたのは貴方なんですね……! ……、事情を聴かせていただいてもよろしいでしょうか?」 思いっきり男の手首を掴んで逃げられないようにする。……が、男は余裕の笑みを浮かべるのみ。 ……、刹那。男はうちの事務所のバルコニーの部分に立っていた。 「……!?」 驚きを隠せず、目を見開いたままその場に立ち尽くす。 一般的な家屋に比べて少し低めの位置にバルコニーであるとしても、まさかこの一瞬で登ってしまうなんて……一体どんな方法を……? ――いや、そんなことを考えている場合ではない! 動け、私の体! 彼奴(あいつ)を追いかけなきゃダメでしょう!―― 「……潔く戻ってきた方がいいと思いますよ! 今ここで逃げたら、私が探偵として追いかけますから……!」 ……まずは時間稼ぎだ。追いかけるといっても、よく考えてみれば私と男の体格差はまるでうさぎと狼のようなのだから。これでは確実に私の方が不利だろう。 ……まあ、この手の時間稼ぎに乗るような人ではないとは思うが…… 「ほぉ、時間稼ぎとはなかなか賢いですね。ただ、その手にはのりませんよ! なぜ登れたのか気になるという様子だったので親切に教えてあげましょうか。職業柄マジックは得意でね、色々な道具を持っているんですよ。」 「道具……?」 「ええ。そうそう、貴女の手に持っているものもその道具の一種ですよ。早く返して頂けると嬉しいのですが……」 ……手に持っている? そう言われて思い出した。さっきまで男の腕を掴んでいたような……ふと自分の手の方へ視線をおとす。 そこにあったのは…… 「うわぁぁぁっっ!!!!!」 腕、だった。いや、正確には作り物のマネキンのようなものなのだろうけど……非常にリアルな上に、男の着ている服と同じ袖をしているのだ。これを見て驚かない人などいるのだろうか? 相当肝が据わってる人でないとそうはいかないだろう。 何故こんなものを……。そんなこと考えればすぐに分かることだった。 そう、最初からのである。 男の腕を掴んだと思い込んでいた時に実際に掴んでいたのがこのマネキンの腕だったのだろう。 そしてもうひとつ。『職業柄マジックは得意でね、』男のこの言葉だ。 この言葉で彼が郵便局の配達員でないことは明らかになったと言えるだろう。……まぁ、もとよりこんな怪しい人が配達員だったら嫌なのだが。 マジックを得意とする職業、か。……そのままの意味で取るならマジシャンとも考えられるだろうが、それはないだろう。こんな回りくどい言い方をしなくても、『私はマジシャンなので』みたいな言い方をすればいいのだから。 ならば、この言葉の意味の取り方を少し変えてみよう。……例えば、マジックは人の目を騙す技のようなものだと考えると…… 『 職業柄人の目を騙すのは得意でね 』 こういった言葉とも取れるようになるのだ。
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