天蓋の星 15

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天蓋の星 15

天蓋の星 15 おりょうが何故、この本を書いたのか、その当時おりょうを取り巻いていた情勢が、どんなものであったか、私自身ももう確かには思い出せないのだけど、この本は、要は呪いの本であるのだとは判った。 自分への戒めのつもりなのか、人間への憎しみなのか、言葉によっておりょうは強い呪いを発してしまい、それがこの本として世界に広まって、多くの人々を縛りつけてしまった。 長い長い時が過ぎて冷静になって、もしくは別の思惑が生まれて、おりょうはこの明らかに怪しい「袋とじ」の箇所を塗り替えてしまおうとするのだろう。 私は、ぱらぱらと本を見比べているうち、丹皓と同じくらい悩ましい気分になってきたので、慌てて本を閉じた。 「今日はもう、ご本はやめて父ちゃんのとこへ遊びに行こう!」 「母ちゃん、父ちゃんはお仕事ちゅうだよ。めっ、ってされるよ」 「母ちゃんが、良いってゆったって、お言いよ」 「皐羽、父ちゃんと遊ぶ!」 ちび達に提案すると、元気良く皐羽が立ち上がり、 「えっ、じゃあ、丹皓も行くー」 つられて丹皓も立ち上がった。 丹皓にはどうも、丹皓になる前の記憶がちょびちょびあるらしい。 だから若干ませて、落ち着いた所があるが、皐羽といる時の彼はいつでも年相応に戻るので、いずれ今の「龍の子」としての意識が上塗りされていくだろう。 ……そう、この本のように、中身が上塗りされていく。 「……ばかだねえ、おりょうは」 一人取り残された私は、ごろんと仰向けに転がって天井を眺める。 おりょうにとって、この変わらない私の許の「魔術書」は、いまや永遠に葬り去りたい自分の恥部みたいなものだろう。 悲しみにまかせて書き連ねた、愛した男への恋文であり、他人を巻き添えにした壮大な恨み節でもある。できる事なら焚書してしまいたいくらいの落書きが、魔術の指南書として各世界で出回っているかと思うと……、私だったら、この世界ごと焼き尽くしてしまいたくなるなあ。 自分の呪いに、百年以上も囚われて生きるなんて、ばかばかしい。 私は起き上がり、この本はいずれ薪にくべてしまおうと考えた。 別に、貸しを作りたい訳ではない。 昔の事を、いつまでも思い煩うのは嫌だ、と私も実感するようになったからだ。 古い「魔術書」を持っていそうなのは、残りはナルと極東で、極東は多分、おりょうに甘かったので、私のように本を処分してしまったような気がした。 ナルは自分の子供の人形の子の呪いを解くために、あの本が必要だったみたいだ。 でも人形の子は人間にはなれなかったけど、呪いは解けたみたいなので、もはやナルの元にもあの本は必要ないだろう。 ここは優しい祥さんが、人形の子を使って、ナルからもこの本をふんだくらせてやろう。 ++++++++++ 私が、久しぶりの悪企みににまにましていると、隣の書斎からちび達が父親を連れてきた。 「祥(よし)」 「はいよ」 「お前、こいつらに書斎に行って良いって言ったんだって?」 二人は父親を連れていて、黄河は私に「仕事中だったのに」と言いたげに、口をへの字に曲げてみせた。 ちょっと偉そうな顔である。 でも、そうして見せても、奴の私達に対する愛情はだだ漏れであるので、怖くもなんともない。 「そうだよ。私、急にあんたのあざらし眉毛が見たくなったから、母ちゃんのとこへ連れて来てって、頼んだの」 「道理で、なんか企んでる顔だと思った」 勘違い具合も可愛い父ちゃんがベッドへ腰を降ろすと、「はいっ」とばかりに顔を寄せてきたので、私はその主張激しい太い眉毛をなでなでした。 「あざらしまゆー」 皐羽は、父親譲りのぼん、とある眉毛が気に入っているみたいだったけど、丹皓は、 「丹皓は……あとでちょっきんするん」 とちょっと渋い表情をした。 雨上がりの晴れた日に、葉っぱを集めて庭で焚き火をした。私は黄河の見ていない隙に、そこに色々な要らない物をくべた。 煙がぼうぼう、色を変化させながら上がって、家族は驚いていたけど、私はとても気分が良かった。
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