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天蓋の星 16
天蓋の星 16
議題について話している間、私はずっと祥を見ていた。
祥はといえば、いつもの通りやる気のなさそうな表情で、髪の毛をいじくったり、書類に悪戯書きをしていたりしつつ、時々扉の方を窺って、外を気にしている素振りを見せた。
祥は、ここ中屋敷へ来る時は、今でも派手で露出の高い洋服を纏って来るけど、半島では、地味ななりで家の事をあれこれしてくれるのだ、と旦那様が嬉しそうに話してくれた。
ここへは、きっと見栄を張って綺麗な格好で来るんだ、とその人は申し訳なさそうに私に言うけどそれは違う。
祥は、ここへは戦いに来ているのだ。
ここでこてんぱんにのされても、本当の自分は半島にあるから良いのだ。
多分、そう思いながら私にいつも対決するのだろう。
「では、今日の議会はここまでにします。次回には、各地区の方にも集まっていただきますので、ナギは連絡をよろしくお願いしますよ」
「はいはーい」
「祥も、よろしく伝えて頂戴」
「ふん」
最後の挨拶をして、各自に念を押すと、機嫌良く答えてくれたナギとは逆に、祥はさっさと立ち上がった。
いまや、祥の屋敷は瀧ノ上地区にあり、そこの二番目の兄さんの所へ祥はお嫁に行ってしまったので、瀧ノ上への伝達は、祥に頼む。
祥はそのまま扉を勢い良く開け放ち出て行く。
廊下の外が賑やかになったのを聞き取って、まあ、祥がちゃんと伝えないなら、瀧ノ上の人に直接話せばいいか、とも思い返した。
「なんだよあいつ。おりょうに黙って出て行くなんて」
隣の壽はぶつくさ言っているけど、彼の隣のナギは、あたふたと机上の片づけをしている。彼もまた、逢いたい可愛い人がいるのだ。
そして私も、同じように逢いたい人がいた。
「さあ行こうかかにさん。おちびちゃん達が来ているよ」
私が指で机を叩くと、ゴウの所に居たかにさんがするすると戻って来て、私の指を伝った。その様を、壽が恨めしそうに見ているのを目の端で捉えたけど、見なかった事にする。
私は彼を懐に入れてやり、ナギの後を追うように廊下へ出た。
++++++++++
「おりょうさん」
落ち着いた優しい声と、清くて朗らかな声が私を呼んでくれた。
祥の伴侶である、龍の黄河さんと彼の娘である雅が、私を見付けると、
「おりょうたん」
「おりょうたん」
「あっ、あんた達までそっちに行くんじゃあなーい」
母親が止めるのもきかずに、ちびちゃん達もこちらへ寄って来てくれる。
ちびちゃん達は、龍としては因縁じみた双子の子で、本来敵対していた龍と悪魔、つまり黄河さんと祥の子供である。
黄河さんに良く似た綺麗な瞳の持ち主で、元気良く、
「ちびちゃん達やい。かにさんは元気だよ。私の用心棒なんだよ」
私が懐からかにさんを取り出すと、
「かにたん」
「かにたん」
と手を伸ばしてきた。
皐羽ちゃんの小さなお手てにかにさんを乗っけてあげると、二人はむんずとかにさんの身体を握りつぶそうとした。その加減のなさに、かにさんが逃げ惑うと、彼は小さな掌からぼとん、と絨毯の上に落ちた。
「あっ?」
「あっ?」
訳がわからず、自分の腕や洋服などをいじっている二人を尻目に、かにさんは一目散に逃げ出し、しばらくして、
「あっ、かにたん、待て」
「待て待て」
廊下をすたこら逃げる姿に気付くと、二人もかにさんを追いかけて廊下へ消えてしまった。
「こんにちは。皆さんお変わりないかな?」
彼らの後に、私の元へ来てくれた雅に声をかけると、
「ええ、半島は毎日とっても暑いですけど、楽しいですわ」
彼女は短い髪を揺らし、膝を折って挨拶をした。
長い事、少女の姿を保ち続けていた彼女であったが、弟達ができたためか、はたまた追い付きたい相手ができたためか、少しづつ容貌が変化してきていた。
手足がすらりと長く伸び、顔付きも大人びて一層美しく整い始め、多い睫毛を生やした黒い瞳なんて、まるで祥に似てきた。
彼女は同じだけ、私にも似てきていたけど、
「あっ、ナギさん。ご飯、ちゃんと食べてますの?」
きっと祥のように、いずれ素敵な人に愛されるため成長するだろう。まあ、それがナギだとすると、素敵な人、というには少し頼りなくはあるけれど。
「ええと、適当におむすびだけ……」
「まあ。だったらわたくし達とお蕎麦屋さんに食べに行きましょう!」
「行きます行きますー」
「おりょうさん、こんにちは。来るたびに、騒がしくなっているようで本当にすまないな」
「いいや、皆が来てくれるのをとっても楽しみにしてるんだから、良いんだよ」
「そう言って貰えると、ほっとするよ……」
雅が向きを変えて私から離れると、私の傍には彼女の父親である、黄河さんが残った。 大きな体躯を屈めて紙袋をがさがさすると、
「いつも田舎ぽい物で、申し訳ないけれど」
と、夏蜜柑と半島の水を詰めた「なみなみ」の瓶を見せた。
「わあ、嬉しい。有り難う」
いつも前置きはそう言うけれど、その実そんな時の彼の笑顔は、はにかみながらもとても眩しく、黄河さんは本当に自分の暮らす土地を愛してやまないのだな、と羨ましく思う。
龍というのは元々、自己愛というより身内に対する、そして土地に対しての愛情が深く、牽制し合っていた存在の中央の悪魔でさえ、懐に入れた途端に同族として接するようになるらしい。
中央では、散々問題を引き起こして、厄介物扱いだった祥も、今では黄河さんの傍で、彼らの一族として暮らしている。
……もしそれが私だったとしても、彼らは私を受け入れてくれたかしら。
一瞬、彼と暮らすはずだった自分の日々というものを想像してみた。それなりにうまくやっているような気もしたし、やっぱり全然うまくいかない気もした。
「雅もちびちゃん達も、ちょっと見ないうちに、すぐ大きくなるねえ。皆、二人にそっくりで綺麗だし、可愛いこと」
「いやいや、雅は祥に似て器量良しだけど、ちび達は変な所ばかり俺に似た」
自分では、ちょっと意地悪を言ったつもりでいたのに、彼は私の言葉に、かかと笑って掌を振った。
自分の子ではない娘を、実の子達と分け隔てなく育てるというのは、どんな苦労があるだろうな。いずれ彼女の弟達にその事を話すだろうか、黙っているだろうか。
彼女は祥の子であると、彼は信じ切っているのか。
祥は、彼に何と話しているのだろう。
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