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天蓋の星 17
天蓋の星 17
「父ちゃあん、お腹すいたあ」
「父ちゃあん、ご飯食べるう」
廊下の奥から、ちびちゃん達が駆け戻って来て、その後を祥も追いかけて来た。
「こ、こらーっ、お前達は、またそっちへ行くんじゃなーいっ……」
祥は、私達の話の邪魔をするんじゃない、ではなく、自分の子供達が私に近付くのを避けるために、そう呼び掛けた。
「めんめん食べるん」
「めんめん食べるん」
「うんうん。蕎麦屋に行くんだよな」
祥は双子達が、黄河さんの足に一本づつ抱き付いたのは止めなかった一方、私が黄河さんといるのが気に食わず、遠巻きに距離を置いて、私達をじとっと見詰めた。
あんなにあからさまに拗ねちゃうなんて、すっごく可愛い。
「俺達は昼飯の後、塔へ寄って帰るつもりだけど、良かったらおりょうさんも一緒に蕎麦屋へ行かないか。ナギも来るし」
「ええ、どうしようかな」
私が迷う素振りをして、黄河さんを見詰め上げると、
「だー、駄目駄目っ」
ずかずかと祥は割り込んで黄河さんの腕を取った。
「おりょうは忙しいんだって!それにこっちは子連れだから、騒がしいよ!」
「あっ、そうか。そうだよな」
赤い顔で畳みかける祥の言葉に、彼は素直に頷くと、
「じゃあおりょうさん、暇ができたら、是非またご一緒しよう。半島にも遊びに来てくれよな」
とすまなそうに詫びた。
この緑みたいなすっきりした瞳が他の人を見詰めるのも、甘い声が誰かに呼び掛けるのも穏やかでないなんて、以前の余裕はどこへやってしまったのかしら、祥は。
でも黄河さんは、そうしたくなるくらい格好良いし、熱心に愛情を向けられたら、誰だってほだされてしまうんだろう。
「ありがとう。そのうち、是非遊びに行かせて貰うよ」
自然に口をついて出た自分の言葉に、私は少し驚いた。
祥も、私の隣に居た壽も、驚いた表情だったけど、
「あい、かにたん」
「あい、かにたん」
ちびちゃん二人は掌を開けて、私にかにさんを返してくれた。子供達に構われてぐったりした小粒の姿を引き取ると、
「二人に、かにさんをくれたお礼をしないとね」
二人に笑いかける。
「おれい?」
「おれい?」
「二人は、何か欲しいものがない?」
目線を合わせて言い換えると、二人は共に目を丸くして、ぴかぴかっと輝かせた。
「えへー」
「えへー」
「何かな?言ってごらん」
耳をぴくぴくさせて顔を見合わせるので、促していると、
「あっ、あんた達!それはおりょうに言っちゃ駄目―っ」
祥が何故か慌てて、ちびちゃん達のちっちゃなお口を塞ぐと、
「そ、そうだな。それは父ちゃん達がなんとかしないとな……!」
もがもがしている双子を黄河さんも赤い顔をしながらいっこづつ抱え上げた。
「さあ、ご飯に行くぞ!」
「めんめん!」
「めんめんーっ」
「じゃ、じゃあ俺達はそろそろお暇するよ。いつもありがとう」
照れたような表情の黄河さんも、挨拶をすると雅とナギを呼び寄せる。彼女は黄河さんの傍へ寄って来ると、さっきの話が聞こえていたのか、
「本当に?おりょうさんも半島へ、遊びに来てくださいますの?」
私に笑顔を向けた。私は彼女の、きらきら輝く髪を撫でて、きっとねと頷いた。
いつか半島へ行くなら、やっぱり夏が良い。
朝から照りつける日差しに、反射して煌めく水しぶき。かと思うと、山肌をゆっくり這う雲が立ちのぼり、突然激しい雨が地面といわず山といわず、叩き付ける。
あの高原に良く似た季節が巡るんだろう。
それを今再び見詰めたら、私はどう思うだろう。
私の胸は懐かしく甘く痛むだろう。
でも多分、あの頃に戻れたらとは思わないだろう。悲しい思いもしないだろうな。
きっと少し、嬉しくなるかもしれないな。
++++++++++
「全く、いつ来ても騒々しい一族だ」
黄河さん一家とナギが昼食へ出掛けると、私達も休憩にした。
壽はずっとぶつくさ文句を言っていたけど、私がお願いした事は続けてくれていて、彼は半島の「なみなみ」で作った氷を細かく削って、私に氷菓子を作ってくれていた。
さらさらと薄く削った氷を、山のようにふんわりと器に盛って、色んな味の砂糖蜜をかけて食べるものだ。
魔界では季節が変わらないので、黒蜜の細かい氷をいくつか摘まむ事はあっても、こんなに山盛りの氷を食べる習慣はない。
「平気か?こんなに食べられるのか」
案の定、壽は心配そうに言うけど、
「少しかいたら、掌で優しく押さえて、もっとお山みたいに高くして頂戴」
私はへっちゃらだという風に、色々と注文をつけた。
壽は、見た事もないものを作らされているのに、とても頑張ってくれている。しゃりしゃり、と規則正しい爽やかな音を聞きながら、私は高原で作った氷菓子もこんな形だった、良く似てると感じ入った。
私が、あの高原で過ごしてから、本当はどのくらい経っているんだろう。
私が嘆いた、魔界と人間の世界との差異が、今はどれ程残っているのだろう。
魔界は、強烈な魔力と邪悪な瘴気が蔓延し、人間は長くは居られないとか、悪魔と人間は添い遂げられない、という理屈に適っているとずっと考えてきた。
でも長い長い時の間に、人間界もすっかり薄汚れ、悪魔のように邪悪な人間も増えているのだという。昔みたいに澄み渡って安定した、平和な世界なんてもはや無く、全てが混じり合って、同じように白でもあり黒でもあるのではないだろうか。
現に、人間界で長きに渡って、今も暮らしている元五角も居るし、悪魔の籍を持ったまま、天使と呼ばれる死神達を従える者も居る。
私やナルでさえ及びもつかないほどのんびりと、けれど確かに時だけが、変えていける物事というものがあるのだ。
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