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天蓋の星 6
天蓋の星 6
よく考えると、極東様が魔界を出て、私の座が繰り上がるという事は、塔を移動しなくてはならないという事で、ひどく面倒であるのが判った。
極東様や祥など、滅多に塔へ入らない者は、片す道具もないのであろうが、真面目な私は、皆の分も中屋敷へ詰めて仕事をしているため、必然的に塔に滞在する期間も長く、それなりに荷物もある。
全部、極東様の塔まで転送できると良いのだけど、煩わしいことに、極東様の結界を私は破る事ができない。
「こんにちは」
「なんだ。早速俺を追い出しにかかんのかよ」
両手に荷物を下げた私を一目見ると、極東様は嫌味たらしく唇の端で笑いつつ、私を招き入れてくれた。
「手伝った方が良いのか?」
「結構ですよ」
門まで乗り入れた、私の車が止まっているのを見て、形ばかり気を使ってみても、私がやんわり断ると、彼は再び自分のソファへ戻っていった。
彼の塔へこれまで入ったのは、数えるほどしかなかった。
いつ見ても殺風景で、寒々しい塔である。生活の跡がほとんど見られず、清潔ではあったけれど、温もりはちっとも感じられない。
男一人で住んでいるせいもあったろうけど、私は高原の、伸の物となったあの診療所とはえらい違いだ、とふっと考えて、そんな風に二つの屋敷を比べた自分にうろたえた。
こんな淋しい所で暮らすのは、くさくさするものだ。
早く、私の心地良いように塗り替えてしまいたい、何もかも。
何度も往復し、自分の荷物を運び入れる私に、
「あんなに渋ったくせに、随分変わり身が早いじゃねえか。別に、昇格するのはそんなに嫌じゃなかったんだろ?」
とか、
「そんなに荷物が多いなんて、流石衣装持ちは違うな」
などと彼は声をかけてきたけど、忙しかったせいもあって私はそれに耳を貸さなかった。
すると、やがて不服そうに寄って来て、
「貸してみろ」
私の飾り棚を抱え上げた。
「ああ良かった。一人ではとても重くて、中身をいちいち取り出して、運ぶしかないと思ってたの」
「はじめから、俺が手を貸すのは計算済みなんだろ。阿漕な奴だよな」
ずんずん先をゆく彼に付いていきながら、それは当たってる、と苦笑する。
私は、高原でも自分一人では大変な事があると、伸や高原の皆をうまく誘導して、助けてもらえるように仕向け、手を借りてきた。議会の中でもそうだ。私はあざといのだ。
伸もそう思っていたかな。胸がちくりとした。
今も目の前には大きな背中があって、私を助けてくれているのに、それは全然違う人のものだ。
「極東様は、冥土へ行って、生きるとか死ぬとかのからくりを操るの?」
「ん?」
「そうしたら、誰が悪魔になって、誰が人間になってどこへ生まれおちるのか、そういうのも選択したりする?」
「?」
背中に問い掛けると、こちらを振り向かずに彼は肩を上げ下げして、疑念を表した。
極東様が、もし本当にそういう、世の中の理を解明する気持ちで冥土国へ渡るというのなら、私もついていきたい。私はそう思っていた。
何故、悪魔に生まれる者があって、人間に生まれる者があって、寿命や生き様が違って、決して抗えないもののために死んでいくのか。それを誰が決めるのか。
……添い遂げられぬ者同士を、何故出逢わせるのか。
報いとは、救いとはなにか。
私が高原で得た楽しさ、喜びや、悲しさ、惨めさ……そして人を想うという心の全てを、私が近付きたいと、焦がれていた「人」という営みの理を、冥土国に行ったら、知れるのではないか、と私は考えていた。
極東様なら、本気で知ろうと思えば、いずれ辿り着ける立場になる。
「私が、そういうことを調べるのが好きなのは、極東様もよくご存じでしょう。落ち着いたら色々な事を、お手紙で教えてくださいね」
部屋へ到着し、極東様は飾り棚を置いた
「どこへ置けば良い」
「そちらへ」
そして示した方向へ律儀にも据えてくれた。
「ったく、どいつもこいつも手放しで喜びやがって」
「どいつもこいつも、って私も入ってるの?」
「何言ってんだ。前の住人に引っ越しの手伝いさせといて」
腰を伸ばしつつ、極東様は私を睨む。
「でも、ナルは本当に淋しがってるよ。友達だものね」
私が高原を去る時も、皆淋しがって、盛大に送ってくれた。伸も。私は、伸の友人だったから。
でも、引き止められはしなかった。
引き止められたら、どうしていただろう。
考えても、仕方がないか。
「お前は?」
「え?」
上の空で居て、ふと顔を上げると、思ったより近くに極東様がいて、私は身を引こうとした。その左腕を掴まれ、私はぎょっとした。
「お前は淋しくなどないか」
「え、いいえ……ええと。勿論議会の仲間として淋しいですよ」
鋭い瞳の内に、あまり良くない色合いを見取って、私は嫌な予感がした。なるたけ穏便に、この塔を出なくてはならない。
「お前が冥土のどういう所に興味があるのか、俺にはどうでも良いが、何か知りたい事があるなら、教えてやらん事もない……でも、飾り棚を運んだ礼もして貰わんとな」
「え、あ?」
強く引き寄せられると、腕の中にすっぽりと抱え込まれた。そのまま、別の部屋へ連れて行かれそうになるので、
「ちょ、ちょっと待って!」
一応の抵抗を試みる。
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