天蓋の星 7(こころもち15禁)

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天蓋の星 7(こころもち15禁)

天蓋の星7 力強い腕にくるまれ、頬や耳元に唇を寄せられる。 片方の掌は髪に挿し入れられ、優しく梳かれるが、もう片方の手では、熱の点る場所を探すように身体を撫でられている。 今までこの人に、欲望をはらんだ瞳で見詰められる事はあっても、実際に行為に移された事はなかったので、突然の求愛に、私は焦って腕を逃れようとあがいた。 でも、 「……なんだよ。お前だってそのつもりで来たんだろ?」 耳元で、凄味のある声で囁かれ、私はかっと身体が熱くなった。 「な……」 「違うのか?……じゃあ、どうして一人でここへ来たんだ」 「……っ」 この人は、やっぱりなんでもお見通しか。 それも、全てを判っていて、そっと見ていてくれるナルのような優しさではなく、白日の下に晒すことで、真実に目を向けさせてくれるような、荒っぽい優しさが、この人の良い所である。 本当に警戒しているなら、彼の言う通り、一人でのこのことこの塔へ来たりするはずがない。私は強い誰かに頼りたかった。慰めて欲しかったのだ。 私は身体の力を抜いて、彼の肩口に頭をもたれた。そうやって、ゆったり呼吸する。大人しくなった私の手を、彼の掌が包み込んで誘った。 私は、人に抱き締めてもらえる生き物なのだ、と安心したような心持ちになったのと同時に、本当に抱き締めて貰いたかったのは、やっぱり別の人だったけれどな、と残念な気持ちにもなる。 ++++++++++ 連れられた所は、ベッドだけが置かれており、寝室と呼ぶにはあまりにがらんとした素っ気ない部屋だった。 この人の、何にも執着しない怜悧さを具現化させたような風景に、私は少しだけ憧れた。これほどに、何にも気を留めず、囚われずに生きるというのは、自由なのか、孤独なのか。 「ったく、お前は着てるものが多過ぎんだよな。常々、そう思っていた」 「……そ」 難しい顔をしながら、極東様は私の着物に手をこまねいていた。 帯留めの細工を一気に引き千切ろうと引っ張るので、 「わ、やめて、変にしないで頂戴」 「ふん……」 慌てて制し、自分で着物を解いてゆく。 難解な結界をほどく様式を見学するように、しばらく興味深げに彼は私の所作を見詰めていたけど、前をはだけた所で、待っていられずに上に乗ってきた。 荒っぽく着物を広げ、私の身体を露わにすると、大きな掌で至る所を探られる。 押し倒された私は、そのまま部屋の天井をぼんやり見ていた。私が黙っていれば、極東様も余計な詮索をしなかったろうけど、 「……私は、冥土の事が知りたい。人が生きて死んで、その後のからくりも全て知りたいの」 私は祥のように、ただ男と繋がりたい訳じゃない。与える代わりに、与えられたい物があるので、あなたとこうしているのだと伝えるつもりで、彼に囁いた。 「私は……」 「喋るのはやめろ。つまんねえだろ」 更に言葉を続けようとした私は、そう言われぎくりとした。 彼の身体の重みと、掌と息遣い、その熱さが伝染するにつれ、私の身体もうわついて、熱を帯びてくる。 「あ……あ、んっ。ん……」 他人の肌が、開け広げた自分の身体をぺったりと覆い、唇や指が這い回るのを感じると、とてつもない羞恥と快感のために、声が漏れてしまう。 「んんっ……、はあ……ん」 ここの天井は、あの診療所の天井ではないので、私は瞳を閉じている。目を閉じれば今でも、一瞬のうちにあの高原へ心を巡らせる事が出来るのに。でももうそれは、どうにもならない事なのだ。 思うままに行為に応え、身体を揺らすと一層の昂ぶりが得られる。彼の身体に手を添えてそっと瞳を開けると、 「善いか?」 「え……、あ、うん……」 「良い子だ……もっと、俺の動きに合わせてみろ」 満足そうに目を細めた極東様の顔があった。 その余裕綽々な態度に、馬鹿にして、と私は思ったけど、褒められて何故か嬉しい気持ちもした。 どんなに恥ずかしい事をしても、淫らな声をあげても、もういいや、と私はやけになり、自ら脚を絡ませ、腰を振った。 欲望に服従した惨めな自分の姿を思うと、なんだかおかしくなって、私は自然と笑いが込み上げてきた。極まって涙も溢れてくる。 「わ、私は、憎ん……でる、んだよ」 「何を」 「……全て、を」 一生黙っていようと思ったけど、口にしてみると案外、平坦な台詞で、私は、ああ、こんなものかと拍子抜けした。 そう、私は、本当は憎くてたまらない。 私を引き止めもしなかった伸が。 私を、悪魔として生かそうとするナルが。 魔界の景色を、美しい月を翳ませた高原の星空が。 私が歪んでいる有り様を気付かせる祥が。 私を気紛れに労わる極東様が。 この世の何より醜くて、無様に生まれついた自分が。 全部判っていた。 納得してなど、全然なくて、私は今でも彼を愛してやまなくて、でも人間になど決してなれはしない事。 判っていて、黙っていたのに。 全てが、私は憎くてたまらないの……。 「ずっ……と、一、緒に、居たかっ……たのに……大好きだったのに……」 彼にしがみつきながらしゃくりあげていると、彼は少し身体を離して、両の手で私の頬を撫でた。優しい指で、汗で張り付いた私の髪を払ってくれたが、 「……俺にでない言葉で、俺を喜ばせるな」 と苦々しげに言われた。 ++++++++++ それから、極東様の見送りの日まで、私は彼の塔へは行かなかった。 あの出来事のせいか、高熱を出して、しばらく中屋敷へも出て行けず、泥のように眠り続けた。 体調が戻って、洗濯をしていると、ベッドの上に小さな黒い種が落ちているのに気がついた。掌に乗せて、見詰めているうちに……目の前がすっと昏くなっていくような、錯覚に陥る。 この種が、私の生きる希望になれば、本当に良かったのだけど、悲しい事に今の私には、喜びも嫌悪さえも湧き上がってくる事が無かった。 この正体が判っても、ただ、私にはこの種を育てる気が無いのだ、というそのことだけが、私の中ではっきりとしていた。 これは多分、あの時の、私と極東様の子なのだけど、彼には何も言わないでおこうと決めた。 ほんの少し、伸との子だったら、どうだろうと考えた。 でも多分、そんな事はあり得ないし、それはこの子のせいじゃない。そうだ、極東様が言ったように、あの時どうだったとしても、私が伸に自分の想いを伝えていてもきっと、どうにもならなかっただろうな。 それは、私が悪魔で彼が違っていたからではなくて、私達が友達だったからだ。 「……、そっか」 私は掌に目を落としつつ、何故かとてもすっきりとしていた。 今まで胸にくすぶっていたものが、すっかり冴え渡り、凪いだ湖面のような静かな心になっていた。 この小さな種が、私の苦しくてとめどない感情を引き受けて、私の中から出てきてくれたのかもしれない。 そう思うと、私はちらっと、この子を育てて一緒に暮らしてみたい、とも考えた。親一人、子一人でもなんとか生きられるかな。 でも、やっぱりちょっと違うな。 私は、その種を中屋敷の裏の樹まで持って行って捨てた。 淫魔の子は、運が良ければ芽が出て、生まれる事があるという。その時、自分が捨てられたのだと悟って、どのように思うだろうな。 ……いつか、私を殺しに来ると良い。 その死は私にふさわしい。
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