天蓋の星 9

1/1
前へ
/19ページ
次へ

天蓋の星 9

天蓋の星 9 花の枯れた後に、小さな実のようなものが出来た。 「おや、もしかして、なにか食べられるものがなるのかしら」 そうだったら、もっと栄養とかあげといたら良かった。 調子良くそう考えつつ、日に日に大きくなっていく実を私は眺めた。ひょろひょろしたつるや茎に比べ、まるで全ての養分を果実に傾けたかのように、果実はどっしりとし、みるみる成長していく。 私は、どんな味がするのかしら、と楽しみに待つようになり、そっとつやつやした実に触れ、微笑んだ。 「お前は良い匂いがするね。そろそろ食べられるのかな?」 ……すると、大きな実がゆさっと揺れた。 中から、こつこつと実が叩かれる。 「へ……?」 私が触れている箇所の、内側から、何かが私の指を押し返した。 一瞬でざっと全身の血の気が引き、私は部屋の隅っこまで後ずさった。 「ぎゃーーっ、な、なになに!?」 あの実の中に、何か生きてる物が入ってる。 私は生理的に、鉢ごと塔から落としてしまおう、と鉄扇をかざした。 頭の中に、おりょうに捨てられた朝顔の種が浮かんだ。二度も、要らないものとして捨てられてしまうのか。 私が躊躇しているうちに、大きな実はゆらゆら揺れて、テーブルの上へとぼとりと落ちた。その拍子に実に亀裂が走ると、まるで卵が割れるように、はらはらと外側が剥がれ落ちた。 「……」 そこから出てきたのは、小さな生き物だった。 「ふにゃあ……」 「あ……あわわわ」 頼る者のない、切なげな鳴き声に、私は全身に震えが出始める。もし、今の自分の勘が当たっていれば、私は本当に大変な事に巻き込まれた事になる。 「お、おおうわあ」 私は変な声を発しつつ、その生き物を恐る恐るタオルにくるんだ。それを手に、ぐるぐる部屋を回り続け、結局、ぶるぶる震えながら、ナルの屋敷の扉を叩いた。 ナルの屋敷は、結界が強過ぎて直接屋敷の中へは入れないのだ。 ++++++++++ 「なんだあ、祥かい。珍しいね」 「お、おじゃまするよっ」 真夜中に扉を連打しまくると、寝間着姿のナルが玄関に現れた。 こんな一大事に、人間みたいに夜寝てるなんて、腹立たしいやら嘆かわしいやらで私はむっとしたけれど、無理やり中へ押し入り、割れた実から、出てきた物を見せた。 「おや」 一声発し、ナルはまじまじと、私の抱えているものを見詰めた。 私の持ち込む、厄介事にはすっかり慣れっこのナルも、流石にちょっとびっくりした顔になる。でも、 「お前、これをどうしたんだい」 至って正確な物言いで、奴は私に尋ねた。私はその事に安堵し、 「これ……、こ、子供だよね……」 見て判り切っているのに口にした。 タオルに包んだ小さな姿はとても熱く、もぞもぞと危なっかしく動き続けている。 「そうだよ」 「わ、私、朝顔の種を食べちゃったの。そしたら熱が出て、これがまたおへそから出てきたの。だからブリキの缶に入れて置いといたら、実がなって……」 「ふうん」 「また」という言葉を使った事で、ナルは私がその元の主を知っていると勘付いただろうか。 どのみちナルは、私の「籍」を取り上げているので、私が子を成さないのを知っているから、嘘をついてもバレバレなのだけど。私としても、これがおりょうの子であるという確証がないのに、余計な事に首を突っ込むのは避けときたかった。 「ふにゃあ……」 腕の中の赤子が、微かに泣いて顔を赤くした。 「あ、あああ……泣かないでおくれ」 慌ててソファへ座り、ぎこちなくあやしてやる。ゆすりながら、背中をゆっくり撫でていく。 「いやあん……柔らかいよう。怖いよう」 ナルはすっかり目が冴えた様子で、しばらく私と赤ちゃんを見詰めていてから、 「じゃあ、お前はこの子を産み直したって事だね!」 「へっ?」 やっと納得がいった風にのんびりした声をあげた。 「赤ちゃんにとっては、お前も自分を産んだお母さんって事になるよ」 「えええ!?」 「お前はどうしたい?」 「あー!?」 ナルは、一旦納得がいくと話が早く、私に色々と尋ねるけれど、私はそこまでついていけずに言い放った。 「ち、ちょっと待って。淫魔の私が子を?育てられる訳ないじゃない!」 この種を捨てたのはおりょうなのだと言った方が良いのか。おりょうがこの子の本当の親なのか。だとしたら相手は誰か。 ……おりょうはこれが子供であると、あの時判っていたのか。 判っていて捨てたか。 私の頭の中を、様々な思いが渦巻いて、くらくらとしてきた。何故かナルは、本当の親についてはどうでも良いらしく、すっかりこの子は私が育てると決めつけていた。 「どうだい。お祝いに、赤ちゃんのベッドを贈ろうか。それとも、背負い紐がいいかねえ」 「や、やめてよ。私、育てられる訳ない。子供なんて、苦手だしい。どうしようどうしよう……」 あの種が、赤ちゃんの生る植物だと知っていたら、私絶対に拾ったりしなかったのに。めんどくさいもの。 でも、赤ちゃんの生る植物と知らなかったにしろ、私、ろくにお水もあげなかったし、栄養も与えなかった……勿論、悪魔の子だから、栄養なんて必要ないかもしれないけど。 この子が、弱々しくて、無事に育たなかったら、私のせいだ。このまま、駄目にしたら私のせいだ。 赤ちゃんが、目を開いて私を見た。 「ううっ」 育てられっこないと、嫌がっている私に、その子はほわーん、と笑ってみせた。 反射的に私は目を外し、おどおどとナルに赤ちゃんのおくるみを見せた。 その子は、私の人差し指を、ぎゅっと握っていて離さなかった。 固く握ってくる、こまいこまい掌に、私は何かが喉元からせり上がってくるような、動揺を感じた。 多分、私は泣きそうな顔をしていたのだろう、ナルはしばらく私達を見詰めると、その大きな掌で私の頭をくりくり撫でた。 ついでに、赤ちゃんのおくるみの腹の辺りも優しく撫でた。 「きっと、祥に似て、綺麗な悪魔になるねえ」 ナルはそう言った。 ナルの、「綺麗」という言葉の本当の意味は、私には、この先到底理解できっこないんだろう、と私は思った。それとも、いつか判るようになるんだろうか。 でも、そんな事どうでも良いか。 赤ちゃんを良く眺めると、その子は細いさらさらした黒い髪が、ちょこっと生えて、私とおんなし、真っ黒い瞳をくりくりさせていた。 ナルの屋敷を珍しそうにくりーんと見渡してから、再び私の顔をきょんと見詰めた。 その表情を、どこかで見た事があると思えば、私にとても良く似ていたので、この子はもしや、私の子なのかもしれない、とも思い返した。
/19ページ

最初のコメントを投稿しよう!

22人が本棚に入れています
本棚に追加