22人が本棚に入れています
本棚に追加
天蓋の星 9
天蓋の星 9
花の枯れた後に、小さな実のようなものが出来た。
「おや、もしかして、なにか食べられるものがなるのかしら」
そうだったら、もっと栄養とかあげといたら良かった。
調子良くそう考えつつ、日に日に大きくなっていく実を私は眺めた。ひょろひょろしたつるや茎に比べ、まるで全ての養分を果実に傾けたかのように、果実はどっしりとし、みるみる成長していく。
私は、どんな味がするのかしら、と楽しみに待つようになり、そっとつやつやした実に触れ、微笑んだ。
「お前は良い匂いがするね。そろそろ食べられるのかな?」
……すると、大きな実がゆさっと揺れた。
中から、こつこつと実が叩かれる。
「へ……?」
私が触れている箇所の、内側から、何かが私の指を押し返した。
一瞬でざっと全身の血の気が引き、私は部屋の隅っこまで後ずさった。
「ぎゃーーっ、な、なになに!?」
あの実の中に、何か生きてる物が入ってる。
私は生理的に、鉢ごと塔から落としてしまおう、と鉄扇をかざした。
頭の中に、おりょうに捨てられた朝顔の種が浮かんだ。二度も、要らないものとして捨てられてしまうのか。
私が躊躇しているうちに、大きな実はゆらゆら揺れて、テーブルの上へとぼとりと落ちた。その拍子に実に亀裂が走ると、まるで卵が割れるように、はらはらと外側が剥がれ落ちた。
「……」
そこから出てきたのは、小さな生き物だった。
「ふにゃあ……」
「あ……あわわわ」
頼る者のない、切なげな鳴き声に、私は全身に震えが出始める。もし、今の自分の勘が当たっていれば、私は本当に大変な事に巻き込まれた事になる。
「お、おおうわあ」
私は変な声を発しつつ、その生き物を恐る恐るタオルにくるんだ。それを手に、ぐるぐる部屋を回り続け、結局、ぶるぶる震えながら、ナルの屋敷の扉を叩いた。
ナルの屋敷は、結界が強過ぎて直接屋敷の中へは入れないのだ。
++++++++++
「なんだあ、祥かい。珍しいね」
「お、おじゃまするよっ」
真夜中に扉を連打しまくると、寝間着姿のナルが玄関に現れた。
こんな一大事に、人間みたいに夜寝てるなんて、腹立たしいやら嘆かわしいやらで私はむっとしたけれど、無理やり中へ押し入り、割れた実から、出てきた物を見せた。
「おや」
一声発し、ナルはまじまじと、私の抱えているものを見詰めた。
私の持ち込む、厄介事にはすっかり慣れっこのナルも、流石にちょっとびっくりした顔になる。でも、
「お前、これをどうしたんだい」
至って正確な物言いで、奴は私に尋ねた。私はその事に安堵し、
「これ……、こ、子供だよね……」
見て判り切っているのに口にした。
タオルに包んだ小さな姿はとても熱く、もぞもぞと危なっかしく動き続けている。
「そうだよ」
「わ、私、朝顔の種を食べちゃったの。そしたら熱が出て、これがまたおへそから出てきたの。だからブリキの缶に入れて置いといたら、実がなって……」
「ふうん」
「また」という言葉を使った事で、ナルは私がその元の主を知っていると勘付いただろうか。
どのみちナルは、私の「籍」を取り上げているので、私が子を成さないのを知っているから、嘘をついてもバレバレなのだけど。私としても、これがおりょうの子であるという確証がないのに、余計な事に首を突っ込むのは避けときたかった。
「ふにゃあ……」
腕の中の赤子が、微かに泣いて顔を赤くした。
「あ、あああ……泣かないでおくれ」
慌ててソファへ座り、ぎこちなくあやしてやる。ゆすりながら、背中をゆっくり撫でていく。
「いやあん……柔らかいよう。怖いよう」
ナルはすっかり目が冴えた様子で、しばらく私と赤ちゃんを見詰めていてから、
「じゃあ、お前はこの子を産み直したって事だね!」
「へっ?」
やっと納得がいった風にのんびりした声をあげた。
「赤ちゃんにとっては、お前も自分を産んだお母さんって事になるよ」
「えええ!?」
「お前はどうしたい?」
「あー!?」
ナルは、一旦納得がいくと話が早く、私に色々と尋ねるけれど、私はそこまでついていけずに言い放った。
「ち、ちょっと待って。淫魔の私が子を?育てられる訳ないじゃない!」
この種を捨てたのはおりょうなのだと言った方が良いのか。おりょうがこの子の本当の親なのか。だとしたら相手は誰か。
……おりょうはこれが子供であると、あの時判っていたのか。
判っていて捨てたか。
私の頭の中を、様々な思いが渦巻いて、くらくらとしてきた。何故かナルは、本当の親についてはどうでも良いらしく、すっかりこの子は私が育てると決めつけていた。
「どうだい。お祝いに、赤ちゃんのベッドを贈ろうか。それとも、背負い紐がいいかねえ」
「や、やめてよ。私、育てられる訳ない。子供なんて、苦手だしい。どうしようどうしよう……」
あの種が、赤ちゃんの生る植物だと知っていたら、私絶対に拾ったりしなかったのに。めんどくさいもの。
でも、赤ちゃんの生る植物と知らなかったにしろ、私、ろくにお水もあげなかったし、栄養も与えなかった……勿論、悪魔の子だから、栄養なんて必要ないかもしれないけど。
この子が、弱々しくて、無事に育たなかったら、私のせいだ。このまま、駄目にしたら私のせいだ。
赤ちゃんが、目を開いて私を見た。
「ううっ」
育てられっこないと、嫌がっている私に、その子はほわーん、と笑ってみせた。
反射的に私は目を外し、おどおどとナルに赤ちゃんのおくるみを見せた。
その子は、私の人差し指を、ぎゅっと握っていて離さなかった。
固く握ってくる、こまいこまい掌に、私は何かが喉元からせり上がってくるような、動揺を感じた。
多分、私は泣きそうな顔をしていたのだろう、ナルはしばらく私達を見詰めると、その大きな掌で私の頭をくりくり撫でた。
ついでに、赤ちゃんのおくるみの腹の辺りも優しく撫でた。
「きっと、祥に似て、綺麗な悪魔になるねえ」
ナルはそう言った。
ナルの、「綺麗」という言葉の本当の意味は、私には、この先到底理解できっこないんだろう、と私は思った。それとも、いつか判るようになるんだろうか。
でも、そんな事どうでも良いか。
赤ちゃんを良く眺めると、その子は細いさらさらした黒い髪が、ちょこっと生えて、私とおんなし、真っ黒い瞳をくりくりさせていた。
ナルの屋敷を珍しそうにくりーんと見渡してから、再び私の顔をきょんと見詰めた。
その表情を、どこかで見た事があると思えば、私にとても良く似ていたので、この子はもしや、私の子なのかもしれない、とも思い返した。
最初のコメントを投稿しよう!