第5話

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第5話

 誰もいないアパートのドアを開け、閉める。傘を置いてから、ずぶ濡れの私は、すぐにバスルームへ。バスタブにお湯をためた。  ♢  お湯に浸かる。白い湯気。天井にある無数のまあるい雫。石鹸の匂い。 「そういえば、一緒にお風呂に入ろうなんて涼は一度も言わなかった。いつだって、涼は蛋白で静かに淡々とことを済ましたな」  と言ってから、寂しい、と思った。これから涼は、意外と激しく夏帆さんを求める日があるのかもしれない。私とは違って……。 「あーあ……」  大きなため息をついてから、首までしっかりとお湯につかった。ゆらゆらと揺れるお湯を見て、夏帆さんに向けた涼の笑顔を思い出した。  あの時、言葉にならなかったけれど、私はそれを見て、確認もしていた。涼と私は燃えるような恋はしていなかったということを……。  ◇  お風呂あがり、ぼうっと窓の前に立っていた。雨は止んでいない。雨音は、まだ激しい。ラインが鳴った。涼から。 『愛花と付き合ってよかった。本当にありがとう。愛花は、相手を思いやれるすごいいい子で。僕は、特になんにもストレスとかなくて。だけどあの日、ビビッと来たというか、雷に打たれたような感覚になって。愛花にはなんにも悪いところなくて。あれから、あちらの方から連絡を何回かもらっていて。そのうち、好きだと言われて、裕太とは別れたって言われて、付き合いたいって相談されて。そういうのも、もう見透かされてるよね。理解してくれてありがとう』  文章を読んで、いい人だな、と思った。涼は正直ないい人。正直すぎてるとも思って、一人「ばーか」と言って笑った。それから感情のままに自由に言葉を気にせずに返事をした。もう失うものはないんだから。 『ばーか! 全部、お見通しだバカヤロウ! 私のような天使と付き合っていたことを感謝したまえ! もしかしら、そのビビッときた子に出会わせたのは、このわたしくかもしれなくてよ! 実は、私、天使! 幸せになれよ! なんちゃって。だめだったら、ちゃんと私のことも慰めてね。それから、たぶん、数ヶ月はかかるだろうと思うよ。私は、まだ涼が好きだから。でも、涼以上の人に出会ってやるんだからっ!』 『ごめん。ありがとう。愛花をすごく尊敬しています』  と、すぐに涼から返信。スマホを握ぎってる手に力が入った。画面上に、ポタ、ポタ、っと涙が落ちた。「尊敬しています」がぼやけて見えた。少し、体が震えてきた。感動の種類の震え。数秒して、やっと何に感動したのかわかった。  「そうか……。尊敬か。いつも安心してられたのは、涼のその気持か……。本物だった。私達の尊重は……」  なんだか切ないを通り越した。急に胸が痛くなって、ぎゅうっと自分を両腕で抱きしめた。泣きながら。 「ちゃんと私、求めすぎないでいれたね。最後まで、涼のこと大事にできたね。それってね。それってね。涼が体で教えてくれたことだったんだよ。相手を思いやるってこと。そう。涼って、私に恋してたっというより、尊重して付き合ってくれていた。大事にされてたの。それだけは、よくわかってた。だから、癒やされてた……」  長い独り言を終えて、目を閉じた。今、私は涼が置き忘れたパーカーを着ている。まだ、降り止まない雨の音。パーカーの袖に鼻を押し当てた。涼の匂い。  震える指を動かして、  『ありがとう……』  それだけ返信をした。恋が終わった。なのになんだかほんの少しだけ清々しさが湧き上がっている。また、恋をするときも、尊重を重んじた恋をしたい。別れたあとも、友人でいられるような、そんな恋をしたいと思っている。涼としたような恋。  野の花くらいの輝きの恋。  求めすぎない恋。  ◇    もう、素敵な恋をしたという満足感がほんの少し希望のように湧き上がっている。雨が悲しみを流してくれただろうか? だとしたら……。   「お願い、雨。降り止まないで……」
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