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飲み会の次の日に、留依の連絡先を知らない俺は丈二にラインで謝った。丈二からは『気にするな。留依には俺から言っとくよ』と返事が返ってきた。
心は何となく重い。自分をコントロール出来なかった事が悔やまれる。自分の回りを漂う靄を振り払いたかったのか、俺はいつもドラムの練習をしているスタジオに足を運んでいた。
スタジオの中に入り、何も考えずにドラムを叩き始めた。
とにかく、激しい音の連打で、自分に纏わりついている邪気を浄化でもするかのように、ドラムを叩き続ける。
ドラムを力任せに叩き続けていたら、スタジオのドアがいきなり開く。
俺は驚き、身体の動きにブレーキを掛ける。
「この前は悪かったわね。言いすぎた」
微かに笑みを浮かべながら、留依がスタジオに入ってきて、肩にかけていたベースの入った黒いケースを下ろす。
「俺の方こそ……。熱くなりすぎた。すまない」
俺も素直に謝る。まだ、留依に謝ってはいなかったから、心が少し軽くなったように感じた。
「相変わらずストイックだね。一人じゃ寂しいでしよう。他の楽器の音が欲しいって、顔に書いてあるわよ」
留依はそう言うと、シールドをベースアンプに刺し込む。
「始めようか!」
いきなりベースを弾き始める留依。ベースラインだけで、俺は留依が何を弾いているのか、瞬時に判断できた。
デスパレイトのヒット曲の一つ、『Back To The Shadow』だ。俺は即座にドラムを叩きだし、合わせる。
留依のピッキングによる、硬くて激しい音の激流が炸裂する。
慣れたリズムを刻みながら、新たに生まれたベースラインに対応していく。同じフレーズでも演奏する人間が変われば、全く別のフレーズになる。それが、目の前で実現されているのだ。
やり慣れた曲だが、やたらと新鮮に感じてくる。
身体の奥底から響いてくる重低音が、スタジオの中を埋め尽くしていく。重低音のみが響き渡り、空間に歪を加えているのではないかと言う感覚の中、俺達はひたすら重低音を狭い空間に叩き込んでいった。
お互いのバンドでやっていた曲を交互に演奏し合う。ドラム以外の音を久しぶりに聞き、心は踊り続けた。
一人よりかは二人と言う事か。
一人で黙々と練習をすることも大切だが、人と一緒にやる楽しさを忘れてしまっては、音楽を楽しむことは出来ない。
張り詰めた緊張感も緩みだし、お互いの音が溶け合い出し、お互いの重低音が一つの作品へと昇華されていく。
二人の叩きだす音が衝突した時に生まれる奇跡の瞬間を体感し続けるには、二時間と言う時間は短すぎた。
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