再戦

5/8
前へ
/36ページ
次へ
 何時も想う事だが、何かが決まると、その決まった事が訪れるまでの時間が、何時もより速く感じてしまう。楽しい事でも、嫌な事でも同じ感覚になる。  気がつけば、一か月と言う時間が、あっという間に流れ去っていたと言う感じだ。  俺は、スネアを黒いソフトケースに入れ、スティック、ツインペダルを準備して、会場に向かう。  会場に到着するまで、目の前を何気ない日常が流れて行く。  多少の緊張感があるのだろうか。両手に汗をかき、何時もの機材が少し重く感じる。  会場に到着する。  入口に立っていたスタッフの指示に従い、裏口から会場入りする。スタッフに案内され、狭い廊下を歩き、控室の中へと入っていく。  既に、留依が来ていた。 「おはよう。今日はよろしくね」  留依はメイクをしながら、俺に挨拶をする。  俺は笑顔で軽く返し、機材を下ろして、椅子に座った。  何となく空気が重く感じるが、待っている時間なんてこんな物だと、自分に言い聞かせていたら、丈二がスタッフに案内され、部屋に入ってきて挨拶をする。 「いよいよだな」  丈二が笑みを浮かべて話しかけてきた。 「そうだな。軽くあしらってやろうぜ」 「余裕だね~」 「やることは、何時もと変わらないだろう。演奏する曲数が少ないけどな」 「違いない」  談笑が始まる。  通常のライブ前と変わらない風景が描かれていく。  これで良い。  無理して変える必要は無い。  本番になれば、スイッチは自動的に入る。  スタッフが部屋に入って来る。今日のイベントの流れについて、改めて説明を受けた。  会場のお客さんには、サプライズがあるので、ライブ終了後も帰らないようにと、簡単に話をした程度で、イベントの詳細については、ライブ終了後に説明をし、終了後に会場を暗くするので、その間にセッティングを行って欲しいとのことだ。  野地さん側は、昨日、準備をしていたので、問題はないと言っていた。 「精密機械は色々と大変だな」  俺が軽く笑いながら言ったら、スタッフは苦笑いを浮かべていた。 「貴方達も、準備を始めたら。今日のライブの最後のバンドの演奏が始まるよ」  留依に言われ、俺と丈二も準備に取り掛かる。  俺は、黒のカッターシャツに黒のジーンズ。特に何時もと変わらない。丈二のスタイルも何時もと一緒だ。赤い皮ジャンに赤い皮のズボン。留依も、派手な柄のティーシャツに黒い鋲のついた皮ジャン、黒い皮のミニスカートに派手なメイクと何時もと変わらない。  変わらないスタイルの中にある、決してぶれる事の無い芯こそ、重要な事だ。  着替えも終わり、スタッフから声がかかるのを待つ。ドアをノックする軽く乾いた音が響く。  ドアが開き、俺達はステージの裏側へとゆっくりと歩いて行く。  ステージに入り、真っ暗になった客席からどよめきが聞こえる中、ドラムのセティングを始める。椅子の高さの調整、ツインペダルの装着、シンバル類の位置と高さの調整、ヘッドの張り具合を確認しながらのチューニングと一通りのルーティンを行う。  二人も、軽く音をだしながら、楽器のセティングを行ってから、マイクの確認を行っていた。  観客のどよめきとざわつきの感じからすると、本当のサプライズであった事に、間違いはなかったのだろう。  今となっては、出来レースでも構わないけどな。  そう想うと、笑みが毀れる。
/36ページ

最初のコメントを投稿しよう!

62人が本棚に入れています
本棚に追加