62人が本棚に入れています
本棚に追加
何時も想う事だが、何かが決まると、その決まった事が訪れるまでの時間が、何時もより速く感じてしまう。楽しい事でも、嫌な事でも同じ感覚になる。
気がつけば、一か月と言う時間が、あっという間に流れ去っていたと言う感じだ。
俺は、スネアを黒いソフトケースに入れ、スティック、ツインペダルを準備して、会場に向かう。
会場に到着するまで、目の前を何気ない日常が流れて行く。
多少の緊張感があるのだろうか。両手に汗をかき、何時もの機材が少し重く感じる。
会場に到着する。
入口に立っていたスタッフの指示に従い、裏口から会場入りする。スタッフに案内され、狭い廊下を歩き、控室の中へと入っていく。
既に、留依が来ていた。
「おはよう。今日はよろしくね」
留依はメイクをしながら、俺に挨拶をする。
俺は笑顔で軽く返し、機材を下ろして、椅子に座った。
何となく空気が重く感じるが、待っている時間なんてこんな物だと、自分に言い聞かせていたら、丈二がスタッフに案内され、部屋に入ってきて挨拶をする。
「いよいよだな」
丈二が笑みを浮かべて話しかけてきた。
「そうだな。軽くあしらってやろうぜ」
「余裕だね~」
「やることは、何時もと変わらないだろう。演奏する曲数が少ないけどな」
「違いない」
談笑が始まる。
通常のライブ前と変わらない風景が描かれていく。
これで良い。
無理して変える必要は無い。
本番になれば、スイッチは自動的に入る。
スタッフが部屋に入って来る。今日のイベントの流れについて、改めて説明を受けた。
会場のお客さんには、サプライズがあるので、ライブ終了後も帰らないようにと、簡単に話をした程度で、イベントの詳細については、ライブ終了後に説明をし、終了後に会場を暗くするので、その間にセッティングを行って欲しいとのことだ。
野地さん側は、昨日、準備をしていたので、問題はないと言っていた。
「精密機械は色々と大変だな」
俺が軽く笑いながら言ったら、スタッフは苦笑いを浮かべていた。
「貴方達も、準備を始めたら。今日のライブの最後のバンドの演奏が始まるよ」
留依に言われ、俺と丈二も準備に取り掛かる。
俺は、黒のカッターシャツに黒のジーンズ。特に何時もと変わらない。丈二のスタイルも何時もと一緒だ。赤い皮ジャンに赤い皮のズボン。留依も、派手な柄のティーシャツに黒い鋲のついた皮ジャン、黒い皮のミニスカートに派手なメイクと何時もと変わらない。
変わらないスタイルの中にある、決してぶれる事の無い芯こそ、重要な事だ。
着替えも終わり、スタッフから声がかかるのを待つ。ドアをノックする軽く乾いた音が響く。
ドアが開き、俺達はステージの裏側へとゆっくりと歩いて行く。
ステージに入り、真っ暗になった客席からどよめきが聞こえる中、ドラムのセティングを始める。椅子の高さの調整、ツインペダルの装着、シンバル類の位置と高さの調整、ヘッドの張り具合を確認しながらのチューニングと一通りのルーティンを行う。
二人も、軽く音をだしながら、楽器のセティングを行ってから、マイクの確認を行っていた。
観客のどよめきとざわつきの感じからすると、本当のサプライズであった事に、間違いはなかったのだろう。
今となっては、出来レースでも構わないけどな。
そう想うと、笑みが毀れる。
最初のコメントを投稿しよう!