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勝負の日を迎えた。
俺は一人、テレビ番組のスタジオで自前のドラムセットを、黙々と組んでいく。二十四インチの深胴タイプのバスドラムを中央にセットし、ツインペダルをセットする。バスドラムの上に、深胴タイプのタムを二つ取り付け、右側にはフロアタムを二つ並べる。
自分の座る位置を確認し、手前にスネアを配置する。
シンバルのスタンドを立て、シンバルをセットしていく。クラッシュシンバルを左右、中央に、トップシンバルを右側に配置して、ハイハットを左側にセットする。
ドラムセットの高さと位置を叩きながら調整し、タイコ類のヘッドの貼りの具合を確認しながら、チューニングを行う。
チューニングキーを握る右手に思わず力が入る。
セット一つ一つの音を入念に確認していく。
音への拘りを、怠ったことは一度もない。
だからこそ、熱い心の乗った音を、人に伝える事が出来るのだ。
セッティングが終わると、バンドのメンバーが駆けつけてくれた。
「恵人。機械なんかに負けるなよ。いつもの勢いで叩き潰せよ」
「テレビの生放送だからって、緊張するなよ。いつものお前で行け」
皆からのありがたい激励に、笑顔で答える。
メンバーとの会話を楽しんでいたら、番組のスタッフから声が掛かったので、メンバーはステージの脇へと移動をする。
俺は椅子に座り、ドラムを適当に叩き始める。スタッフからオーケーが出たので、特に問題は無さそうだ。
一方、相手側は、スピーカーからの出音の確認に、かなり神経を尖らせているような感じだ。しかも、演奏に合わせて、ドラマーのフォログラムを出す演出まで行うと言う話だ。
音だけでなく、映像も駆使したいとのことだ。少しでも、人間らしい音にするための戦略なのだろう。
とにかく、見た事もないような精密な機械類が、スタジオのステージ周辺に、たくさん配置されていく様には、驚きを隠す事ができなかった。
リハーサルが終わり、放送開始までの待ち時間は、控室でメンバーと談笑をして、過ごすことにした。それでも、スティックを持ちこみ、練習用のパットを叩き、ストロークの練習に余念がなかった。緊張感を和らげるための、気休めでしかないが……。
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