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黄色い玉子炒めの隣は、緑の茹で豆、その隣には櫛形に切ったトマト、焼き色を付けたパンを手前に乗せて、スープの浮き具には刻んだ香草。
「リーハ! ちょっと聞いてるの? エースィリーハ!」
耳に入ってきた呼び掛けに、リーハは慌てて目を上げる。
「あ、ごめん。ティーナ、何だった?」
同居人のティーナに恐々目を向けると、案の定ティーナは腰に手を当てて、深々と溜息を吐いた。
「あんたは本当に、入り込むと耳が無くなるんだから。」
始まったお小言に、リーハは小さく肩をすぼめて聞いておく。
「とにかく、明後日あんたもお貴族様のお宅にお邪魔させて貰って、爪のお手入れするの! 分かったわね?」
事情は全く分からなかったが、ティーナはリーハに仕事を紹介してくれたようだ。
「分かったわ、ティーナ。有難うね。」
礼を言うと、ティーナは満足したように微笑んで、椅子に座った。
リーハの用意した朝食を二人で食べ始めると、話題は他愛もない近所の噂話に移って行った。
ティーナは本名をノエピンティーナと言う化粧師だ。
この国の人は、個人名として生まれた時に長い名前を付けられるが、日常生活ではほぼ略名でしか呼び合わない。
本名を呼ぶよりも、親から受け継ぐ家の名前を頭に付けることが多いくらいだ。
リーハも本名はエースィリーハと言うが、亡くなった父の家名ナビアのリーハと呼ばれる方が一般的だ。
ティーナも余程のことがない限り、リーハのことを本名で呼ぶことはないのだが、リーハは集中し出すと周りの声が聞こえなくなることがあるので、ごく偶に本名呼びをされることがあった。
そういう時は大抵、何か大事な話しを聞かせたい時と決まっているのだが、ティーナは今日はあっさりさっくりと要点だけ説明して終わってしまった。
大事なことの内容が全くわからないまま終わってしまった話しに、リーハは少し困ったような気分になる。
「ご馳走様。リーハは庭いじりしてから出るでしょ? 私先にお店に行ってるから。」
ティーナは食べ終わったお皿を運びながら、こちらを振り返った。
「リーハ、庭いじりは程々にね。最近あんたの手のお手入れ目当てで店まで来るお客さんも増えてきてるんだから。余りお待たせするのも良くないから。ね?」
同じ店で働くようになって、一緒に住み始めてから4年経つが、ティーナは本当の姉のようにリーハの面倒を見てくれる。
料理の腕はどうやらリーハの方が上のようだが、どうにもぼおっと過ごしていることの多いリーハはティーナのお陰で何とか暮らせているのではないかというくらいだ。
「分かったわ。草引きと水遣りだけ済ませたら、なるべく早く行くようにするね。」
ティーナと一緒に雇ってもらっている店は、主に女性客向けの化粧品や香水、鬘などを扱う店で、売るだけではなく、店の奥の別室で肌のお手入れや髪結い等も行なっている。
リーハは手のお手入れの技術を買われて雇われているが、それだけを目当てに来る客はまだまだ少ないので、化粧や髪結い希望で訪れた客の施術の手伝いをしながら、手のお手入れの売り込みをしている。
最近では、貴族の女性達の間に浸透し始めた爪のお手入れだが、やはりそれだけでの需要は乏しい。
リーハは食器の片付けをしてから、住んでいる共同住宅の裏の一角を借りて作った小さな花壇の水遣りと草取りをする。
植えているのは、薬草や野草の類なのだが、季節になると可愛い花が咲くので、ぎりぎり花壇の体裁を整えていると言えるだろう。
それからリーハは部屋に戻って支度をすると、お店に向かうべく家を出た。
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