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可愛らしい触れるだけのキスをティンの頰に残して去っていったリーハを見送って、ティンは深々と溜息を吐いた。
「何というか、凄い方ですね。」
イディルが近付いて来てそうしみじみと言ってくる。
「予想の斜め上? あー、ティンカン様が説明出来ないって言った理由が分かる。可愛いのに、良く分からないです、お姫様。」
エルクは混乱した顔になっている。
「行動力と独自の理論。余人が付いて行けない頭脳というのは、ああいうものなんですね。」
ガルンですら、少し苦い口調でそう評したようだ。
「何ですか? 魔法使いなんですか? オルケイア公爵家の姫は。」
混乱した顔になっているのは、コウレルだ。
「いや、原因はこの石だ。彼女はこれの主人なのだそうだ。因みに私は、保管管理人的な立ち位置なんだろうな。」
苦笑気味に答えると、皆に苦笑いされた。
「ティンカン・イムダイン殿。」
呼び掛けて来たのは、リーハに張り付いている親衛隊の1人で、中でも一番穏やかそうな気質の男だ。
「キーニン・マーダルトと申します。姫を追って行った2人、イミールやユディット共々陛下よりリーハ姫様の護衛の任を任された者です。私達は皆、揃いも揃って姫様に好意を持っていますが、姫様がこちらを振り返って下さることはないだろうと心得ている者達でもあります。ですが、姫様のお相手には少々厳しくありたいというのも本音だとお心得下さい。」
その長い前振りは、宣戦布告という意味だろうか。
「貴方と姫様のやりとりを拝見しておりましたが、予想以上に、姫様が貴方に心を許していることが分かりました。そして、貴方もどうやら誠実なお方のようだ。後は、公に認められることだけですが、貴方と姫様の絆が守護石によって確立されているなら、女帝陛下にそれをお話しになってみるのが一番でしょう。」
続いた言葉に、ティンは目を瞬かせる。
もっと突っ掛かって来られるかと思っていたが、キーニンという男はどうも言葉通りにリーハを大事に思ってくれているようだ。
「とはいえ、私達も今回の姫様が誤解から酷く落ち込まれた件では気を揉んだことでもあります。ユディットと手合わせを約束されたそうですが、是非とも私ともお手合わせ願いたい。イミールもそう望むでしょう。姫様をお任せする男なら最低限の腕前は持っていて欲しい。そういう訳で明日の朝、お迎えに上がります。では。」
一方的に告げると、キーニンはリーハの向かった方へ去って行った。
「・・・ティンカン様、帝国の親衛隊って、やっぱり強いんですよね?」
エルクが引きつった顔で言い出して、ティンもそれに苦笑を返す。
「だろうな。皇帝を身近で守るのだから、見栄えばかりではなく、やはり腕前は必須だろう。」
「お姫様とのお約束が午後で助かりましたね。ボコボコにされても手当てする時間がありそうです。」
イディルの言葉に、冗談ではなくそうなるかもしれないと思えて来た。
「では、傷薬と湿布の用意でも頼んでおこうか。」
ティンが冗談めかして言うと、側近達がそれぞれに吹き出し笑いをした。
「今夜見た守護石絡みのことは、今後部外者には話さないこと。リーハも言っていたが、人智を超える力というのは、便利に見えて危険なものだ。恐らくリーハも今回を限りに二度と人前で使うつもりはないだろう。」
そう側近達とコウレルに念を押しておくことにする。
守護石については、良く分からない事だらけだ。
やはりフォーガルに詳しい話しを聞く必要があるだろう。
出来ればリーハと一緒に、フォーガルと話す機会を作れればと思う。
灯りを持った側近達に導かれて与えられた部屋までの道を辿り始める。
「あのお姫様が来たら、ミルレイはますます賑やかになりそうですね。」
エルクが何か楽しそうにそう言い出す。
「そうだな。彼女は、不思議な人だ。きっと本人は無自覚なんだろうが、関わった周りの者達がどうにもならなくて絡まり合ってしまったようなしがらみを、そっと突いて解いてしまうようなところがある。だから、彼女の向かう場所にはいつも何かが起こる。ハイン王太子殿下が一番買っているのは、彼女のそういうところだと思う。」
側近達がこくこくと頷き返してくれる。
「では、是非ともミルレイにも来て頂かなくてはいけませんね。」
「そして、ミルレイ城の女主人として、そのお力を遺憾無く発揮して頂ければ、安泰だということですね。」
イディルとガルンが続けて、ティンも少し苦笑気味に頷き返す。
「私としては、リーハには何が無くてもただ共に生きて欲しいと思っている。」
リーハの柔らかな唇が触れた頰にそっと手をやる。
思い出したいと思うその感覚は、微か過ぎて直ぐに思い出せなくなってしまった。
だが、これからきっと幾らでも積み重ねて行ける筈のものだ。
「まあ、砂糖吐きそうなくらいお互いにベタ甘なのは分かりましたけどね。お二人を見て割り込むような奴は、馬に蹴られてしまえと思いますよ。」
エルクがにやにやと揶揄うような言葉を口にする。
「あ、それで晩餐会の方はどうだったんですか?」
イディルの問い掛けで、晩餐会のことは何も話していなかったのを思い出した。
晩餐会では、エディルスに随分と気を回して貰うことになった。
初めのダンスをリーハと踊れたのもエディルスのお陰だ。
そこからの求婚もあれがあったからこそ出来たようなものだ。
結果として、帝国社交界に於いて良い事に繋がるのかどうかは分からないが、キルティスの言葉を信じるのならば、リーハとのことを女帝が認めてくれて、彼女を連れ帰った後のことは、フォーガルやランディルが何とでも捌いてくれるということだろう。
「きちんと広間の真ん中の目立つところで、求婚して来たよ。」
そう側近達に報告すると、3人がそれぞれ口元に笑みを浮かべた。
「まずは大事な一歩を刻めましたね。」
ガルンに力強く頷き返されたところで、部屋まで帰り着いた。
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