第57章 不老不死の幻夜草《アンカーネン》と求婚

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ガラントの言った通り、今日のフォーガルは、ティンカンに対してらしくもなく尊大な態度から入った。 「昨日の君のリーハに対する求婚だが、オルケイア公爵にも確認を取ったが、事前に話しはなかったそうだ。公衆の面前で一体どういうつもりだ?」 開口一番この台詞だ。 「という詰問をしたという事実が必要なのですか? 父様。」 早々とその空気を掻き回すことにしてみると、フォーガルにはジト目を向けられた。 「リーハ。それ、まだ早過ぎないか?」 「私とティンカン様の時間は限られているんです。お邪魔をなさった自覚があるなら、ご用件は手短にお願いします。」 すげなく返してみると、フォーガルはむっとした顔になり、向かいでティンカンが困ったように笑っている。 「君のことだから、私の許可などなくてもとか思っているんだろう? 確かにランディル君は陛下に決定権を渡してしまっているけど、私はこれでも君のお父さんだよ? 少しくらい婿に冷たく当たってみても許されると思わないのかい?」 「思いません。ティンカン様に守護石の片割れを送り付けた時点で、父様は私とティンカン様の先に目を向けて下さっていたのでしょう? 照れないで下さいませ。」 ぴしりと返したリーハに、フォーガルはまた苦虫をを噛み潰したような顔になった。 「本当、リーハは父様に対してはカケラも容赦がないよね? 因みに照れてるわけじゃないからね。年頃の可愛い娘を持つ父親なら、その可愛い娘を連れ去る男には誰だって面白くない気持ちを持つものなんだからね。」 「そんなの要りません。面倒臭いです。」 即行で返したリーハに、フォーガルは深々と溜息を漏らしてティンカンに目を向けた。 「ティンカン君、まあこんな風に私にそっくりな娘だが、本当に大事にしてくれるかい?」 そのそっくり発言には素直に頷けないような気がしたが、フォーガルの本心は良く分かっている。 「はい。私に出来る全てで娘さんを大事にします。いつかは、リーハがお父上殿にするように遠慮なく甘えてくれたらと思います。」 そう穏やかに返すティンカンの発言に目を見張ったのは、リーハだけではなかった。 そっとこちらに顔を向けてきたフォーガルが、何やら嬉しそうな顔になっているのには、何か面白くない気持ちになる。 「成程、流石はリーハがベタ惚れするだけのことはあるな。良くリーハのことが分かっている。リーハは色々と普通ではないし、生まれながらに面倒なしがらみも背負わせてしまっている。正直に言うと、そんなものが発覚して背負い込む前に君と一緒になっておいて欲しかったが、リーハはそういうことには器用ではないようだ。」 コルスアックで帝国に行かないようにと言ったのは、フォーガルなりの親心だったのだろう。 「これからも色々とあるだろうが、宜しく頼む。何かあれば相談に乗ろう。ナイビア公爵としてはエディルス殿下の後見としての立場が一番になっていくだろうが、出来る援助はしていくつもりだから、いつでも相談してきなさい。」 リーハの父親としてあろうとするフォーガルには、やはり頭が下がる。 「有り難うございます。帝国でのリーハの立場に関わるような問題が起こった時には是非ご相談させて下さい。」 ティンカンも真摯に答えてくれていて、ホッとするような気がした。 リーハとしても大事に思ってくれる実の父親であるフォーガルと、これから一生を共にする大事なティンカンが良好な関係を築いてくれるのは嬉しいことだ。 「早速なのですが、フォーガル殿。届けて下さった守護石のことを詳しく教えて貰えないでしょうか。」 ティンカンが切り出した守護石の話題に、フォーガルは肩を竦めた。 「分かっていることは、多くはない。古代の遺物で、何か特別な力を持っていたようだが、歴史に名を残す偉大なる王の玉座の左右に飾られたと言われている代物だ。揃えた状態で触れるのは石に選ばれた王とその王を守護する者として管理を任された者だけだとされている。だが、その偉大なる王が石の力を借りて偉業を成し遂げたかどうかははっきりとしていない。ただの飾りだった可能性も大いにあると思っている。」 確かにその程度のものなのかもしれない。 昨夜リーハが行った魔法のような力も、あれで何か歴史を変えるようなことが出来たとは思えない。 だが、信心深い古代社会では、目に見える形として発現された奇跡の力は、人心を掴み纏め上げる為には有効なものだったのかもしれない。 「まあ、余り嬉しくない情報だろうが、ティ・トルティアクトル古王国では、もっと古代の遺物の研究が盛んだからな、何か他にも掴んでいることがあるのかもしれない。だから、ヴァンサイス殿は君にご執心なのかもしれないな。」 そう言ってこちらに目を向けて来たフォーガルに、リーハは眉を下げて不満顔になる。 「だからと言って、迷惑です。ご自分の方が私の夫として相応しいから嫁に来なさいって、そればかり押し付けて来るんです。身分だの立場だのを持ち出して、拒否は許さないみたいな。正直ぞっとします。」 正直にそう返すと、フォーガルには苦笑を返された。 「まあ、彼が実際何を考えているのかは分からないが、リーハに対してはあの強引さは逆効果だったな。ティンカン君との婚約が整って、大人しく引き下がってくれると良いけどね。」 そのフォーガルの言葉に、一抹の不安が残るような気がした。 「父様。実は昨晩、守護石に力を借りてちょっとした実験をしたんです。」 フォーガルには正直に打ち明けることにして、リーハは昨晩の出来事を話し始めた。 幻夜草(アンカーネン)の不老不死の秘密について話すと、フォーガルの目が輝いた。 やはり歴史学者としては、そういう話しには興味が惹かれるのだろう。 そして女帝の薬の話しと、ニンファ失踪の真相について予想を話すと、少しだけ苦味のある、だが優しいような寂しいような不思議な顔をしていた。 「そういえば、今朝温室跡で薬師達が騒いでいたっていう報告が上がっていたな。幻夜草(アンカーネン)か、ニンファが帝国を出てもその研究が止められなかったのは、だからなんだな。」 フォーガルがどういうつもりでだからだと言ったのかは分からなかったが、酷く寂しそうな顔になったフォーガルには確かめられなかった。 「さて、では私はそろそろ殿下の様子を伺いに行ってこようかな。余り君達の邪魔をしてはまたリーハに怒られるからな。」 冗談めかして言ったフォーガルだが、その瞳の奥に宿した寂しげな色に、リーハはニンファのことを話してしまったことに少しだけ罪悪感を覚えた。 その後に訪れたランディルとハヴァースとカルティリアとは、リーハがティンカンと結婚する為に女帝が出したという条件が確認された。 一番大きなものとしては2人の間に2人以上子供が生まれた場合に跡継ぎではない子供を1人オルケイア家に返すことだ。 帝室の血筋は、濃くなり過ぎると子孫を残し難くなると言われていることから、リーハに2人以上の子供が出来る可能性はもしかしたら低いかもしれない。 そうなれば、2人の子供のまた子供を1人オルケイア家にということになるそうだ。 何とも実感の湧かない話しだったが、これを認めなければリーハを外には出さないと言われれば従うしかない。 カルティリアは、早くリーハとティンカンに2人目の子供が出来て引き取ることを楽しみにしているようだった。 もう一つの条件は、リーハがミルレイ辺境伯領でティンカンの婚約者として認められること。 つまり、一度ミルレイへ行ってそこで暮らせるのか様子を見て来ること、ミルレイ辺境伯に婚約を認める文書をもらって来ることだそうだ。 リン・ヴェルダ・ヴィーラとしては、ハインがその許可を出している状態だが、ティンカンの実家からは正式な打診がないので、本人の意思だけでは足りないということのようだ。 女帝としては、リーハの受け入れ先となるミルレイの状況確認をしておきたいということなのだろう。 失敗は許されないリーハの結婚に対して、帝国内の貴族達を納得させる為にも、婚約自体に慎重になっているようだ。 だが、これではティンカンとミルレイに行けることになっても女帝からはまだ婚約が正式に認められたことにはならず、ヴァンサイスからの求婚を断る為の口実には使えないということだ。 残念な展開だが、オルケイア・ナイビア両公爵家としては、婚約を認めると文書を認めてくれるそうだ。 ただし、女帝の許可を以ってこれを正式なものとするという注釈が付くことになるようだ。 前に比べれば前進だと言えるのだろうが、直ぐにでも結婚したいリーハとティンカンにはもどかしい展開になった。
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