こいでも、恋でも

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 とはいえ―――質問が質問だけに、なにごとにもさっぱりしてる先輩でも、そう簡単に教えてはくれないだろうな~……と思いきや、 「ひろみだよ」  お参りを終えると、スルッと答えてくれた。  ……ひろみ?   さも知ってるだろ? といわんばかりの口調だったので、あたしはあたしと先輩が知っているであろう女子の顔を、端から思い浮かべた。  しかし……どの顔にも「ひろみ」などという名前はあてはまらず―――。 「どちらのひろみさんですか?」  仕方なく再質問。  すると、 「広美だよ。岡沢広美」  一文字ごと区切るように、はっきりと返ってきた。  岡沢広美? 岡沢……広美……えっ!?   岡沢広美って、あたしと先輩の知ってるであろう範囲から検索すると……うちのサークルの部長の、岡沢さん!?  「驚いたか? 俺も伊関と同じように、あいつがいたからこのサークルに入ったんだ。考えることは男も女も一緒だな。  でも俺は、お前ほどアクティブには行動できない。できていれば……願い事なんてしなくて済むかもしれないのにな」  自嘲的な微笑みを見せると、先輩はのぼってきた石段に向かって歩きだした。  嘘でしょ!? 冗談でしょ!? そんなバカな! だって岡沢さん……、  男ですよ!  スマートな背中は、もう香炉をすぎようとしている。でも、あたしはその場を動けなかった。それは両足の疲労からではなく……。  それ、あたしの気持ちを拒否するためについた嘘ですか?  でも……男として、そんな捨て身の嘘、つく? 断るんなら、もっとましな断り方があるわよね……。  第一、縁結びのご利益があるっていうこんな神聖な場で嘘つくなんて、そんな罰あたりなこと先輩がするとは……。ご利益叶って、嘘が誠になっちゃったら大変じゃない!  ―――とすると、やっぱり今の告白……。  石段の前にたどり着いた先輩は、こちらを向いて、本堂の前から動けないあたしを待っている。その立ち姿は、遥か遠くに霞んで見えるようだった。      *  再び都心に向かってペダルを踏み始めたのは、陽もだいぶ傾いてきたころだった。  くるときと同じく、先輩はあたしを気遣ってゆっくり走ってくれた。
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