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あぁ~、もう、また~!
顔面に貼りついた髪の毛を右手でかきわけると、いきなり目の前に先輩の背中が―――。
どわっ!
とっさに左手で力いっぱいブレーキを握った。
“キィーッ!”
という後輪からの悲鳴と、タイヤが地面を擦る音。
間一髪、高級車との追突は回避。でも同時に、かきわけた髪の毛がまた顔全面を覆った。そして、暑さのせいではない汗が大量噴出。
重大事故が発生しかけたことなど露知らずといった感じで、
「到着」
先輩は涼しげな左側面の顔を見せた。
「はい、お疲れさまです!」
あたしも負けじと、爽やかに返答。もちろんメイクが流れているので、不自然ではない範囲での、限りなく伏せた顔で。―――と、途端、鼻の下にたまっていた汗が口の中に侵入。ううぇ!
カチューシャ持ってくればよかった~。という後悔とともに、うつむき加減のまま髪をかきあげると、対向車線の向う、路線バスが二台並んで停められるほどのターミナルが目に入った。視線をさらに奥へ移す。すると、そこには石畳の道が一本走り、その百メートルぐらい先に、山門らしき造りが石段の上に見える。
身軽にサドルから降りた先輩は、自転車を押してアスファルトの道を横切り、さっさと石畳へ入っていった。
あたしも急いであとを追おうとし、自転車を降りた。途端―――、
あれっ……。
膝が折れた。―――が、地面につく寸前で、なんとか立て直した。
両足の疲労度、すっかり限界超えてたみたい……。
石畳に足を踏み入れると、いきなり左側から「ゲゲゲの鬼太郎」が出迎えた。もちろん生きているものではなく、古い木造家屋の二階の壁に描かれている鬼太郎。おまけに目玉おやじにねずみ男と、メインキャストも揃ってる。
なんでこんなところに? 彼らがいるのは基本的に墓場なんじゃないの? と、思いながらずらした目に、一階の屋根に載っている看板が映った。―――『鬼太郎茶屋』。
あぁ~、ゲゲゲの鬼太郎のキャラクターカフェね。……でもなぜここに?
それにしても、鬼太郎の髪型とあたしのヘアースタイル、似てるわね~。……顔はあたしのほうが可愛いけど。
と、前触れもなく吹いてきた柔らかな風が、汗をかいた躰にちょうどよい心地よさをもたらした。そしてそれは、品のいいお香の香りも、オプションとして付き添わせてきて……。
「ふぅ~……」
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