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思わず深呼吸。
山門のほうからのその流れで、やっと人心地ついたわたしの目は、改めてあたりを探索した。
鬼太郎茶屋をはじめとした、石畳の両側に並ぶ店々。それらの背後には随所に高木がそびえ、そんな樹木の緑は、先に見える深大寺境内をも包み込むように、いたって広範囲に繁茂している。
いつの間にか耳が拾っていたセミの鳴き声も、普段では聞くことのない種類のものに変化していた。なにゼミなのかはわからない。が、いずれにしても、都会で派手に熱波を知らせるアブラゼミとは異なり、少しも耳障りではない。
ここって本当に都内? 先輩が調布っていってたからそうなんでしょうけど……。
だとしたら東京もバラエティー豊かよねぇ~。新宿、渋谷みたいなクソ暑い雑踏もあれば、自然に囲まれたこんな涼しいのどかなところもあって。
それに、生まれてはじめてきた場所だけど、なんとなく懐かしいような感じもしなくはないじゃない。昔の日本映画に出てきてもおかしくない景色だわ。
「失敗したな~」
少し先から届いた先輩の声が、軽くノスタルジーに浸っていたあたしの意識を現実世界へ引き戻した。
山門前には横に通っている道もあり、彼は、それとこの石畳の道がぶつかるちょうどT字路にたたずんでいて……。
ママチャリを押しながら声のもとに向かった。しかし、まだ膝が若干ガクガクして思うように急げない。
「どうしたんですか?」
なんとか先輩の横にたどり着いて、端正な横顔をさげ気味の面で見た。―――ああ、早くメイク直したい。
「閉まっちゃってる」
自転車のハンドルに上半身をもたせかけ、先輩はあごをしゃくった。
彼が指し示したのは、T字路を左に折れてすぐの店だった。
おろされたシャッターの脇の壁に、「そば」と書かれた看板がとりつけられていたので―――、
「お腹、すいてたんですか?」
一時間以上も自転車こいだあとなのに、よく食欲わきますね。
「いや、違うんだよ。ここのそば屋さん、土産物も売っててさ、その中に昔懐かしのおもちゃが結構な数あったんだ」
「あ、そうだったんですか」
「でもここらへん、早いんだったんだ、終わっちゃうのが。人通りも少なくなっちゃうから」
ハンドルにもたれたままの姿勢で、「すっかり忘れてた」と、先輩は首の後ろをかいた。
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