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たしかに、目に入る通行人はほんの数えるほど。そしてあたりに並んでいるお店は、どこも開いている気配がない。
そういえば、鬼太郎茶屋も閉まってたっけ。……まあ、あそこは妖怪のお店だから、真夜中に開くのかもしれないけど。
腕時計に目を落とすと、文字盤の針は六時前を指している。
まだまだ陽は高いのに……。これから黄昏時を迎えるロケーションとしては、ここ、絶好の場所なように思うんだけど……。もったいな~い。
でも、そんな素敵な場所を先輩とふたりで大方占領できるなんて、かえってラッキ~! 地獄のサイクリング、味わったかいがあったってものよ。
「どうするかな~?」
「はい」
どこかでゆっくりしましょうよ、ふたりっきりで。―――その前にメイク直して。
「まいったな~」
「ほんとに」
ですから、どこか休めるところを見つけてね。ふたりっきりで。―――そこでメイク直しますから。
「仕方ない。帰るかな~」
帰る……?
「えっ!?」思わず顔をふりあげた。
なにおっしゃってるの!? ウソ!? 冗談でしょ!? ツール・ド・なんとかばりの激しい走行してきて、まともな休息もとらずに、また激走させるおつもりですかっ!?
ううん、ううん、ううんっ! そんなことよりも、莫大な裏金と綿密な裏工作施して、せっかく手中に収めた先輩との貴重な時間なんですよ、今日は! それをほぼ自転車こぎに費やしちゃってどうすんですか~っ!?
いい加減、あたしの本日のメインテーマ、くみとってくださらないかしら!?
はっきりいって、小道具探しなんてど~だっていいんです!
もちろん「自転車ダイエットをしよう日」でもありません!
誠に勝手ながら、あたしにとって、先輩との距離を一ミリでも縮めようとするためのデート日なんです、本日は!
ゆえに……このまま帰ってなんかなるもんですかっ!―――メイクのことなんて、とりあえず後まわしよ!
幸い、人っ気も少ないこんな涼しいところ。ふたりの間柄を密にするためのシチュエーションとしては申し分ないっ! ここはもうひと踏ん張り、せめて日暮れのロマンチックタイムまでなんとか足どめさせて……。
「あ、伊関、ここくるのはじめてか?」
「……へ?」
「深大寺くるのはじめてか?」
「え?……あ、はい」
「じゃあ、せっかくだから、ちょっと散歩していくか」
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