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視界が開けた―――。
緑に囲まれた広々とした境内の涼しさは、参道以上の風通しのよさもさることながら、あたしたち以外の人影が見あたらない―――そんな視覚的効果からでもあったのではないか。
正面奥に厳かにたたずむ本堂と山門を結ぶ直線上には、大きな香炉が鎮座しており、お香の香りとともに参拝者を迎える。先輩は煙のあがっていないその香炉を通りすぎ、本堂へと進んでいく。歩幅が彼の約三分の二ほどのあたしは、そのあとを早足でついていった。
散歩なんですから、もっとゆっくり歩いてくださらないかしら? 足がまだ若干ガクガクなんですの。
「知ってるか?」
無事、賽銭箱の前にあたしが到着すると、本堂の奥を見つめたままの先輩はいった。
「はい?」
「ここお参りすると、どんなご利益があるか」
知るわけないです。今日はじめてきたところだし、いきなりのことだったんで、ネットでも調べてませんし。
「家内安全とか……無病息災ですか?」
我ながらありきたりすぎる回答で情けない。でもそれぐらいしか思いつきません。―――あ、安産っていうのもあるか。
「それもあるけど」
そうですよね。これが答えだったら、たいして設問にする意味ないですよね。
「縁結び」
「え? 縁結び?」
へ~、なんて素敵な言葉! 今日のあたしのテーマにぴったり!
でも……、
「神社ならよく聞きますけど、お寺でも縁結びなんてあるんですか?」
「うん」
先輩はこっちに向き直り、
「なんでも深大寺って、奈良時代に満功さんていう人が開いたらしいんだ。で、その名称は、水の神様“深沙大王”の名前に由来してるんだって」
「はあ」
見つめられて、途端にあたしの視線はさがった。―――やっぱり無防備な顔面は、非常に心もとない。
「その満功さんのお父さんが福満さんていって、若いころ、ある豪族の娘と恋に落ちたんだって」
「へ~」
「でも娘の両親が、そのつき合いに反対しちゃってね」
「よくあるパターンですね」
「娘を湖の中にある小島に隔離しちゃったんだって」
「それはあまりないパターンですね」
「うん。まあ……今はね」
あたし、なにいってんだろ!? おとぎ話なのに!
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