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1話 深夜0時のメール
「……ウゼえんだよ、ヤ×マン」
深夜0時過ぎ。
花の女子高生、安原美久子の灯りを消した部屋の中で、ノートパソコンのディスプレイだけが、ブォーンと妙な音を立てながら光を発していた。
この部屋の中にある唯一の光。自然光ではなく人為的なものであるとはいえ、この唯一の光があるからこそ、この部屋は暗闇とはなっていない。
その光の中にいるのは、クラスメイトであり一応”親友”とも言えるであろう、大國克子である。正確に言うと克子一人だけではない。
克子とその彼氏のラブラブ写真。
付き合い始めて1か月記念、遊園地でのデートというラブラブメモリー。
けれども、クマの耳のカチューシャを付け、お気に入りの赤チークと”恋の浮かれ”で色づいた頬の克子のキメ顔はしっかり映っているも、彼氏の顔は顎あたりで切れている。これは克子が自分と彼氏とのツーショット撮影に失敗したわけではない。この彼氏は、顔を隠さなければ彼氏自身の仕事にも支障がでる人物なのだ。克子もそれを分かって、わざとこの彼氏の顔を映さなかっただけである。
「”彼氏とこんなに身長差がある小柄な私って可愛いでしょ”アピールかよ。キモいから、年甲斐もないクマ耳外せよ。そもそも、なんで、アンタみたいな色が白いだけが自慢っつうか取り柄で、わざとらしいメガネっ子のいかにもな”オタ受け専用女”に、こ~んな彼氏ができるんだか……」
克子の彼氏は、地元のフリー情報誌『ナルナルナァール♪』なんて、ダッさい名前のマイナーにも程がある雑誌の読者モデル兼大学生のKEN君だ。
雑誌名の壮絶なダサさはさておき、美久子の目から見るとKEN君レベルの男子はまずこの地域ではなかなかいないほどに、カッコいい。写真に映っている顎にも髭の剃りあとなど見当たらないし、つるんとした白い忠誠的な顎のラインとその胸元のシルバーのクロム●ーツのネックレス。服装やアクセサリーも、かなり気を使っている。
そりゃあ、このKEN君は全国区ではほぼ無名であるし、日本全国には――それこそTVの中に映ることに充分に耐え得る、またはなお魅力的に見える人達の中には、KEN君と同レベル、いやそれ以上のイケメンがいるだろう。
けれども、美久子の”リアルで目の届く(手の届く)範囲内”における一番のイケメンはKEN君であるのは、間違いなかった。学校のオラウータンみたいな男子どもとは格が違う。
美久子は、机の中に隠しておいた『ナルナルナァール♪』最新号・20×8年秋号を取り出す。
年4回発刊という季刊誌ではあるも、もう美久子は毎月、いや毎週、いいや毎日、KEN君の顔を見ているような気がしていた。KEN君が載っているページには、開き癖がついてしまっている。
お得なグルメ情報やヘアサロンなどのお得なクーポン、出会いに胸が弾むイベント情報、そして実際にこの地元で暮らしているイケメンと美女の特集。
その地元においては目立つイケメンと美女たちは、自慢のコーディネートのスナップ写真を紹介するページの他にも、「今日は噂のアソコに行っちゃいました!」なんて卑猥なタイトルのコーナーで、ウェーイ系リア充のグループデートよろしく、少し敷居の高めなレストランや隠れ家的カフェにて、そのお店の一押しメニューに舌鼓を打ち、全員キメ顔で『ナルナルナァール♪』をさらに”キラキラキィーラ♪”に輝かせる役割を果たしている。
もちろん、美久子が『ナルナルナァール♪』のバックナンバーを取り寄せ(!)確認した限り、KEN君もそのコーナーに数度、同じ読者モデルの美女たちと登場していた。
やや粗悪なざらつく紙質のこのアホ雑誌の向こうにも、そして今時ブォーンと妙な音を立てているノートパソコンの向こうにも、KEN君のいる煌びやかな世界がある。
「……ねえ、KEN君……見た目は処女ぶっている”その女”だけど、彼氏はKEN君で3人目なんだよ。つか、3か月前ぐらいまで、前の彼氏とのラブラブ写真だって載せたままだったし……KEN君と付き合うようになってから、急いで消しまくっていたけど(笑)……それに、それにKEN君……”そいつ”に『お前も大学生になったら、俺と同じ読モやればいいじゃん。俺が紹介してやるぜ』なんて、言ったらしいね。無理だよ。”そいつ”もその気になってたっぽいけど、そんな美人じゃないし。KEN君と一緒に雑誌に映っている女の人たちと比べたら、絶対ちんちくりんだよ。学内ではちょっと可愛いって言われてるから調子に乗りまくってんだよ。絶対に私は皆のアイドル的存在って思ってる………………ムカつくんだよ! 消えろって!」
美久子は声が届くこともないKEN君に語り掛けていたはずなのに、美久子の鼻息は徐々に荒くなり、結局のところ罵詈雑言となり、克子がムカつく女であるというところに”着地”した。
パソコンにも時刻表示はあるも、チラリと壁時計――両親の趣味によって、まるでオフィスにあるような無機質で面白味のないデザインの時計に目をやる美久子。
時刻は0時23分。
「あーあ、このヤリ×ンのせいで、貴重な睡眠時間が削られたわ……明日は1限目から体育(しかもバレーボール)っていう地獄の時間割なわけだし……また、あの”ヘルメット女”と同じチームになるのかもしれないわけだし、ウザすぎ」
なおも、積もり積もった行き場のないストレス解消のごとく、独り言を吐き続ける美久子は、『ナルナルナァール♪』の最新号に皺や折り目が着かないように丁寧に、机の中へとしまう。
そろそろ、寝ないといけない。
”明日がやってこない”ということは、普通はあり得ない。
1限目の体育は、美久子はまだあの”ウザ女”――克子とはまた違ったウザさと”それに加えて妙な熱血さ”を保持している級長の二階堂凜々花と同じチームになって、やりたくもないバレーボールをしなければならないかもしれない。
旨味など全く残っていない鳥ガラのような体型で、いつも膝小僧がカサついているあのウザい級長に、「ちょっと、ちゃんとやってよね! 大國さんも安原さんも!」なんて甲高い声で”叫ばれる”かもしれないのだ。
美久子も克子も、もともと運動がそんなに好きではないのもあるし、この年になってたかが体育の時間中の球技に全力投球するのはダサい気がしていた。ちなみに、こういうところは、美久子と克子はそこそこ意見が一致していたと言えるであろう。
それに、(皆がやりたがらないから級長を押し付けられただけであるのに)”私は皆から頼られる存在”よろしく、やたらリーダーぶる二階堂凜々花自身も、そんなにバレーボールが上手いというか、運動全般得意というわけではない。いつだったか、「ぎゃひっ!」なんて変な悲鳴をあげながら、その”ヘルメットみたいな頭で”ボールを受けていたこともあったのだから。
ムカつく女、ウザい女は、1人じゃなくて2人以上いる。
美久子は、マウスをクリックする。
克子のキラッキラSNSのラブラブメモリーは、このクリック1回で一瞬で美久子の目の前から消える。
だが、克子の存在そのものは消えはしない。
克子がKEN君と付き合っているという事実も消えはしない。
「あー腹立つ」
何もかも、という言葉を美久子は飲み込む。
そして、美久子のマウスのポインタは、シャットダウンをするためのスタートボタンではなく、メールソフトをクリックする。
メールチェック。
美久子はスマホを持っていない。いや、持たせてもらえない。
スマホさえ持っていれば、ガラケーとノートパソコンの2台をチェックする必要なんてない。スマホ1台のメールチェックで済むし、充電さえしていれば”いつでもどこでも克子のSNSチェックができる”というのに、どんなに頼み込んでも美久子の両親はガンとして、スマホを持たせてくれはしない。
こンのご時世のJKだってのに、スマホがないのはやっぱりキツイ。克子もスマホも持っているし、KEN君ももちろんスマホを”持っているだろう”し、あの時代遅れのこけし人形みたいな髪型の級長・二階堂凜々花ですらスマホをぎこちない手つきでいじっていたのを見たことがある。
たかがツールとはいえ、置いてきぼり感がハンパない。
美久子は思い出す。
自分を、このダルくてムカつく世へと送り出した製造責任者である奴ら(両親)に、スマホを持ちたいと訴えた時に奴らが言った言葉を。
――スマホなんて虐めの火種が散らばっている温床でしかないこと、ニュースを見てても分かるだろ。
――いつもスマホばっかり見ていて、成績が落ちたらどうするの?
――もし、歩きスマホをしていて、被害者側ならまだしも加害者側になったらどうするんだ? 責任とれるのか?
――最近、ブラインドタッチができない新社会人が増えているらしいじゃない? 美久子が将来、会社勤めの時に恥をかかないようにするためにも、お母さんもお父さんも美久子にはスマホを持たせていないのよ。
交互に蘇ってくる奴らの言葉。
高校生の1人娘にスマホを持たせられないほど、家計が逼迫しているわけではないのは、その娘から見ても明らかであるのに、ガンとして首を縦に振ってくれない奴らの言葉。
そりゃあ、世の中にはガラケーですら買ってもらえず、専用のノートパソコンも買ってもらえない高校生もいるだろう。高校に進学したという熱意と学力があっても、進学できない同年代の少年少女だっている。
だが、”この日本のどこかで自分より恵まれていない境遇にいるであろう者たち”に目線を移しても仕方ない。
美久子は、自分が今いる”この環境”において、スマホが欲しいのだ。周りから取り残されたくはないのだ。置いてきぼりになりつつある自分が惨めでたまらないのだ。
立ち上がったメールソフトに届いている新着メールは、ほとんど登録しているショップのメールマガジン、もしくは迷惑メールであった。
さすがに毎月4000円のお小遣いはもらえていた美久子ではあったが、高校生のお小遣いなんてやっぱりたかがしれている。ノートなど必要な文具、プチプラの化粧水やデオドラントシートなどの美容品、それとたまに気が進まないも”一応、友達”の括りでいるクラスメイトたちと学校帰りにお茶でもしたら、あっという間になくなってしまう。
高校生が作れるクレジットカードなんてないだろうし、そもそもその”借金”を返せる当てなんてない。
世の中には、可愛いもの、綺麗なもの、素敵なもの、またまた美味しい食べ物や美しい景色が溢れているというのに、その百分の一だって手に入れられず、また味わうこともできないのだろう。
”どいつもこいつもキラキラしやがって”と舌打ちした美久子は、カチカチとかなり年季の入っているマウスを動かす。
電子という海を漂いながら、洪水のごとく押し寄せてくる、さらなる”飢えと渇き”を起こさせるキラキラ情報どもを一気にゴミ箱へ捨てるために――
けれども――
「!?」
美久子の手がハッと止まった。
いや、手と目がほぼ同時に止まった。
多数の文字がディスプレイ上にひしめいていたとしても、そこに自分の名前があれば目が止まってしまう……いいや、もうすでに”止まってしまった”ということを、美久子は今リアルタイムで体験していた。
「……何、これ?」
ダストボックスにシュートを決めるはずであったメールのサブジェクト――件名に”安原美久子様”と美久子の名がフルネームで入っていた。
その安原美久子様に続く件名は、”あなたの運命も知らせ隊”だ。
ヤスハラミクコサマ アナタノウンメイモシラセタイ。
明らかにふざけている件名。
受信はちょうど深夜0時。
これは、社会人どころか美久子のようにアルバイト経験皆無でも、”企業から送る”には非常識すぎる時間である。
そして、メール送信者である差出人名は、”美少女アドバイザー・FUKI”となっていた。
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