第二話 ジョンの刃物屋

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第二話 ジョンの刃物屋

     はるか昔、この世界を構成する四つの大陸は、四人の魔王が率いるモンスターによって、酷く荒らされていたという。  神々は、怯え暮らす人々の様子を嘆き、異世界から四人の勇者を召喚。勇者たちの活躍で四大魔王は滅ぼされ、魔王の庇護を失ったモンスターたちは弱体化し、人間に飼い慣らされるレベルにまで落ちぶれた。  しかし世界に恒久的な平和は訪れず、しばらくすると、今度は人間同士の争いが勃発。人間というものに失望した神々は、姿を消してしまった、と言われている。  人々の体内に魔力は残ったが、それを魔法という形で発動するのは、神々から借り受けた能力であったため、神々に見放された時点で、魔法を使える者は激減したらしい。  争いの中、いくつもの『国』が乱立したが、分裂や統合を繰り返すうちに、ある程度の数に収束。国境近辺での小競り合いはあっても、それぞれの『国』の中では、仮初めの平和が維持されるようになった。  中でも北の大陸は、大陸全土が一つの王国として統一されているため、国家間の紛争とは縁遠い世界になっていた。どの大陸も、他の大陸と近接する部分は小さいため、大陸間の争いよりも大陸内の関係に注意を向ける形になるのだ。  他の大陸よりも平和ということで、東や西の大陸から、北の大陸の王国へ亡命してくる者が後を絶たず……。  赤髪の女モノク・ローも、東の大陸からの移民者であり、北の大陸の南部に位置する地方都市サウザで、日々の暮らしを送っているのだった。 ――――――――――――  演芸会館を後にしたモノクは、まっすぐ家に帰るのではなく、賑やかな街中(まちなか)にある、一軒の店へと入っていく。こぢんまりとした商店であり、(おもて)の看板には『ジョンの刃物屋』と書かれていた。 「おやっさん、邪魔するぞ」 「おお、モノクか。今日は何の用だ?」  彼女の声を聞いてカウンターの奥から顔を出したのは、彫りの深い顔立ちをした、白髪頭の老人だ。完全に真っ白というほどではないが、ロマンス・グレーと呼ばれるラインは、明らかに超えていた。  店名から考えれば名前はジョンのはずだが、店の客からは『おやっさん』と呼ばれる男。それが、この店の主人だった。 「ナイフを研いでくれ、おやっさん」  モノクにとっての『ジョンの刃物屋』は、舞台で投げるナイフを購入したり、そのメンテナンスを頼んだりするところだった。今日はメンテナンスの方ということで、持参してきた刃物を、カウンターの台の上に並べる。  老店主は、ジロリと一瞥した上で、 「おお、わかった。では預かっておくぜ」  ナイフに手を伸ばしながら、モノクに顔を近づけた。それから声のトーンを落として、彼女に告げる。 「……代わりと言っちゃ何だが、ちょうど、お前さんに頼みたいことがある。裏の方の仕事だ」  眉だけをピクリと動かした彼は、相変わらず穏やかな笑顔を浮かべているものの、その瞳は冷たく光っていた。  昼間は『投げナイフの美女』として、舞台の上に立つモノク。  しかし、それは彼女の(オモテ)の顔に過ぎず、裏では『黒い炎の鉤爪使い』という異名を持つ、凄腕の殺し屋だった。  そして『おやっさん』と呼ばれるジョンも、ただの無害な刃物屋ではない。裏仕事の仲介屋を営んでおり、モノクにとっては、裏でも(オモテ)でも世話になっている人物だった。    
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