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エピローグ
その夜も『夢の妖精亭』は、酒を楽しむ人々で賑わっていた。
テーブルへ運ぶ料理を受け取りに、奥のカウンターまで来たレルマ――薄黄色の羽を背中に貼り付けた給仕の娘――は、そこにいた店の主人に声をかける。
「聞きましたか、マスター? 例の二人、辻斬りに殺されたそうですよ!」
「ダメですよ、レルマさん。人が亡くなった話を、そんな顔で語るのは」
そう注意されるくらいに、レルマは嬉々とした表情だった。客商売の愛想笑いとは違う、本心からの笑顔だ。
「だって、マスター! あの二人は……」
「オクタヴィアン様もパトリック様も、うちのお得意様でしたからね。二人が亡くなられて、私は残念ですよ」
と、彼は口にしているが。
口調にも表情にも、悲しそうな様子は全く見られなかった。
彼も本当は嬉しいのだ、とレルマは理解する。
「さあ、レルマさん。無駄話は後にして、今は働きなさい」
「はい、マスター」
返事をしたレルマは、出来上がった料理をトレイに載せながら、ふと思い出す。
そういえば、少し前に同僚の一人が「悪人には絶対、天罰が下る」と言っていたなあ、と。
軽く店内を見回すと、その同僚は今、ちょうど入ってきた客たちの応対をしているところだった。
――――――――――――
「いらっしゃいませ。『夢の妖精亭』へようこそ!」
「やあ、また来ましたよ。カレラさん……でしたっけ?」
「まあ、覚えていてくれたのですね! 嬉しいですわ!」
水色の羽を付けた妖精姿の娘が接客しているのは、十名くらいの集団だ。
その先頭で「いかにも常連」という態度を見せているのは、でっぷりと太った男。『アサク演芸会館』の大道芸人、『玉乗りジャンプのボラリデ』だった。
「今日は、職場の仲間たちを連れてきたのですよ」
「まあ、こんなに大勢! ありがとうございます!」
という会話が交わされているように。
ボラリデの後ろにいるのは、全て『アサク演芸会館』で働く者たちであり、その中には『投げナイフの美女』と呼ばれるモノク・ローの姿もあった。
付き合いの悪い彼女が、芸人仲間と行動を共にするなんて、滅多にない出来事だ。実際に今も、
「珍しいですね。こういう飲み会に、モノクさんが参加してくれるなんて」
「どういう風の吹き回しです?」
などと、からかい半分の言葉をかけられていた。
「では、お席へ案内しますので。どうぞ、こちらへ」
「はい、はい。カレラさんが連れてってくれるなら、どこへでもお伴しますよ」
カレラの接客に対して、冗談っぽく受け答えするボラリデ。背後の会話には混じれなかったが、
「いや、特に理由はないのだが……。たまには良かろう、と思っただけだ」
というモノクの返事は、彼の耳にも聞こえていた。
それで他の者たちは納得したらしく、それ以上の追求は続かなかったが、ボラリデだけは、ふと考えてしまう。
モノクが「俺も行こう」と言い出したのは、「今夜の行き先は『夢の妖精亭』ですよ」という話が出た後だった気がする。もしかすると、この『夢の妖精亭』に来てみたい理由があったのかもしれない、と。
――――――――――――
顔見知りの大道芸人と、その連れの一行をテーブルまで案内しながら。
カレラは、客の一人が気になって、ついチラチラと見てしまった。
ここ『夢の妖精亭』は、妖精姿の娘たちが給仕する、というのを特徴にしている酒場だ。客の大半は男性であり、女性客は珍しい。
だが、気になる理由は、ただ「女性だから」というだけではなかった。どこかで前に会ったような既視感を覚えてしまうのだ。
大道芸人に見覚えあるならば、普通は「舞台で見たのだろう」と言われそうだが、カレラに演芸見物の趣味はない。『アサク演芸会館』を訪れたことなんて、一度もなかった。
そもそも、この女性客の赤い髪とか褐色がかった肌とか、身体的な特徴には、特に見覚えはないのだ。ただ、なんとなく雰囲気が……。
そう思って見るうちに、ふと頭に浮かんできたのは、一人の人物。
「……だとしたら、その後の店の様子を、確かめに来たのかしら」
「何か言いましたか、カレラさん?」
「いえいえ、何でもありません。さあ、どうぞ、こちらへお座りください」
全員の注文を聞いたカレラは、テーブルから離れたところで、
「まさかね。同一人物のはずないでしょうし」
と、自分自身に言い聞かせる。
軽く首を振って、脳裏に浮かんでいたイメージを――依頼を受けてくれた黒装束の殺し屋のことを――、頭の中から追い出して……。
その件は忘れることにして、仕事に没頭するのだった。
(「 投げナイフの美女 ――夜は殺し屋――」完)
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