運び屋

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「横田君、傘は?」 「あ、持ってない。篠原(しのはら)は?」 「私もない。あーあ、何で今日に限って降るかなぁ。私、折り畳み傘を持ってきた日に限って雨降らないんだよね」 陽向は緊張気味に校門辺りを見つめながら、ちらりと葉月の横顔を盗み見る。 こんなに近くで見たことなんてない。もう半年も同じ教室でクラスメイトをやってきたのに、自分から話しかけたのは今日で初めて。 それもこれも全部雨のせい。いや、雨のお陰だ。 「もう少し弱い雨だったら走っちゃうのになぁ」 慌てて視線を逸らす陽向。葉月はいつも通り。誰にでも笑顔で優しい。ニコニコ笑っていて、クラスメイト全員に分け隔てなく接する。聞き上手だし、会話を振ることもできる。気づいた時には、そんな葉月を目で追っていた。 「全然、止む気配ないな」 思い切って話しかけた陽向に、葉月は少し楽しそうな笑顔を見せる。 「ほんとに。むしろ強くなってない?」 「俺たち運悪いのかもな」 「ねー。日頃いい行いしかしてないのに」 「それは言い過ぎだろ」 「うわ、横田君ひどい」 一一話せてる。 気づくと、自然に声を出して笑っていた。 「もし、このまま一生止まなかったらどうする?」 「え?」 不意の質問に、陽向は葉月の瞳を見つめる。しかし、あと一歩のところで二人の視線は交わらない。斜め下を見つめる葉月は、陽向の視線から逃げるように外を見つめた。 「私は、それでもいいかも」 体操服の入った手提げ鞄を頭の上で持ち、走り出そうとした葉月。 「待って!」 思わず伸ばした手は彼女のリュックを掴んでいた。あと少しのところで逃げれなかった葉月は、固まったまま振り返らない。ゆっくりと腕が下がる。 「篠原、そこ濡れるから。こっち来て」 陽向が肩を優しく掴んで振り返らせると、葉月の真っ赤な顔は縋るように陽向を見つめていた。そんな顔初めてだ。初めて見た表情だ。
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