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そっと、口吻けを。 2
*
今日は暖かい。冬が終わりを告げて、春へと移行していく、初春。
桜は寒かった冬を乗り切り、ここ最近の暖かさで蕾(つぼみ)を大きくし、一昨日東京で開花宣言が行われた。
道中の桜も蕾から花へと変身している、今日この頃。
今度新しいアルバムを発売することが決まったので、オレは現在レコーディングの真っ最中。
毎日、毎日、スタジオにこもって、ギター弾いて確認してを繰り返す。
楽器隊がレコーディングを終えて、それからやっとヴォーカルの翔が歌を入れられるので、自然とスケジュールは過密になっていく。
しかもレコーディング以外の仕事も入れられて、取材も受けたりしているので、無駄にてんてこ舞いになっていた。
幸いなのは珀英が自分の仕事を調整してくれて、なるべくオレの世話を焼きに家に来てくれること。
オレはレコーディングに入ると、本当にギターだけになってしまうから、人間としての営みがダメになる。
本能的な、食事、睡眠、排泄が、辛うじてできるくらいにまで落ちる。誰かと約束をしていても忘れる。メールが来てても無視、電話が鳴っても無視。
何故かメールだの電話だのっていうものがあることを忘れてしまう。
ずっと音が鳴っててうるさいな、で終わらせてしまう。
本当に人間としてどうかと思う。
そんな状態になってしまうので、珀英がうちに来てご飯を作り置きしたり、シャワー浴びながら寝落ちしたりしているオレを救出したり、電話やメールのチェックをして差し障りのない返信をしてくれたり、とにかくオレの世話を焼きに来てくれる。
珀英と付き合う前はまだもうちょっとマシだったのに、珀英がオレの世話を焼くから、ついつい甘えてしまって・・・。
だから、悪いのはオレじゃなくて珀英だと思う。
ご飯食べさせてくれるし、体も髪も洗ってくれるし、着替えさせてくれるし、添い寝してくれるし、スタジオまで送ってくれるし迎えに来てくれるし・・・。
とにかく全部全部やってくれる、珀英が悪い。
そんな感じでレコーディング漬けの日々を過ごし、もう少しで終わるという、初春の昼下がり。
ピンポーン。
珀英に起こされて、それでも半分寝ながらご飯を食べさせてもらっている時に、玄関のチャイムが鳴らされた。
「誰ですかね?」
めったに客なんかこないので、珀英が首を傾(かし)げながら玄関へと向かう。
オレはこくりこくりと船を漕(こ)ぎながら、テーブルの上にあるご飯をなんとか食べようと、箸を持っては落としてを繰り返す。
しばらくすると、玄関のほうからなんか揉(も)めてるような声が聞こえてくる。
押し売りでも来たのか?
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