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そっと、口吻けを。 4
さすがに連れて行けないし、可哀想だとは思うけど、どうしようもない。美波はそのオレの足にしがみついて、オレを見上げる。
「・・・ここで、待ってていい?パパが帰ってくるの、待ってていい?」
ものすごく不安そうな表情で、必死に足にしがみついて、泣きそうな声で懇願されて。
急に来たくらいだから何か事情があるみたいだし。無理矢理追い返すわけにもいかない。
ダメだなんて言えるわけない。
「もちろん、いいよ。ただし」
「うん?」
「ママにちゃんと連絡すること。でないとママ心配するから」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「美波」
「・・・わかった」
渋々だけど承知した美波の額に、しゃがみこんで、そっとキスをする。
思いっきり微笑んで、美波の髪を撫ぜる。
「帰って来たら夕ご飯一緒に食べよう。何が良い?」
美波のオレに似た薄茶の大きな瞳が、嬉しそうに細められた。
「・・・ハンバーグ!!』
「くすくす、わかった。ハンバーグね。美味しい所連れてってあげる」
「うん!!」
美波の子供らしいふっくらした頬にキスをして、オレは立ち上がった。
視界に入って来たのは、気まずそうに立ったままの珀英だった。
オレは真っ直ぐ珀英に向かって歩いて、すれ違うと同時に腕を組んで引っ張った。
「来い」
「・・・はい」
小さい声で言うと、珀英は素直にオレの後についてきた。
寝室に連れ込んで、事情を説明しようと珀英を振り返った。
瞬間。珀英が、急にオレの腕を強く引き寄せて。頭を腰を抱きしめられて。
口吻けを。
舌を搦(から)めて、口腔内を舐め回して、珀英は知っているオレの弱い所を舌でいっぱい弄(いじ)って。
気が狂ったような。
口吻けを。
呼吸が上がる。
オレは珀英の胸を少し押し返す。それが合図になって、珀英は舌を口唇を離すと、少し体を離してオレを覗き込む。
「珀英・・・ごめん。美波きちゃったから、当分は・・・」
「ええ、わかってます。だから・・・もう一回キスしていい?」
「・・・うん」
オレはさっきまでの貪(むさぼ)るようなキスを覚悟して、珀英の薄い口唇に自分の口唇を寄せた。
けれども、珀英は寄せたオレの口唇に触れるだけの軽いキスをして。頬に、瞼(まぶた)に、額に、鼻に、耳朶(みみたぶ)に。
そっと・・・触れる。
「珀英?」
「・・・もう出ないと」
それだけ言うと、珀英は体を離す。きつく、拘束するように、きつく抱きしめてくれていた腕が、離れる。
少しだけ不安を感じる。
珀英は何事もなかったように、帰り支度をして、オレの荷物を持って玄関へと向かう。
オレは美波の元に戻ると、合鍵を渡して、なるべく家から出ないこと、もし家を出る時は鍵をかけるように言った。
レコディーングに入るとたいてい時間関係なくずーーーーーっと作業しがちなので、今日は早く切り上げるようにしないと。
オレは珀英が待つ玄関へと向かう。
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