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「不器用な首輪」
黒髪の彼女は今日も現れなかった。
おそらく同年代の学生だとは思うが、他学科だろう。名前も知らない彼女を最後に見たのは1週間前。夏物のワンピースを着た彼女は、フードコートの端席で、炭酸ゼリーとフルーツが敷き詰められたカップを片手に、窓の外を眺めていた。細かい貝殻や波が描かれた海色のマニキュアが映える。
一目惚れとは違う。姿や構図が単に「美しい」と素直に感じたから、意識をしてしまったのだと思う。
しかし、それを最後に彼女の姿を見かけなくなったのだ。
「で、結局来なかったん?」
「おうっ」
「ここの学生ちゃうんかな・・・」
篤が首を捻りながら缶コーヒーを開けた。
「前はもっと見ることが多かったけど・・・何かあったんじゃないのかって心配で・・・」
「せやなぁ・・・でも雅がここまで女の話するって初ちゃう?」
「そうか?」
「せや!雅の話って言ったらほとんどデザインの話やで。」
篤は俺の無意識な癖を知っている。隠すことなく教えてくれるのもコイツだけだった。
「そういや知っとる?」
「何が?」
「ここらへんに出るらしいで。仮面被った男。」
「・・・書き込みのやつ?」
「そやそや!変な格好で交差点のど真ん中とか街灯の上とかに一瞬現れるんやけど、目 離したすきに居なくなるんや。この間1年の子が帰りに見つけたらしくて、写真撮りそこねたって。軽い都市伝説やで。」
「なんかの宣伝とかじゃなくて?」
「んーそんな映画とかあったかなぁー・・・あ、ヤバっ!そろそろバイト行かなっ!!」
バタバタと画材をリュックに詰め込み、「じゃっ!」と軽く挨拶をして美術控室を飛び出していった。
『さっき電車の屋根にいたのに消えたんだけど!!』
『マジシャン?』
『 え ちょ 怖っつ ((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル』
『近づかないほうがいいのかな・・・』
「白い仮面を被った不気味な男が 本来人が立ち入れない所に出現する」
単なる作り話だと思ったが、ここまで騒がれていると信憑性が増してくる。
人気のないアトリエに、足音とスマホを触る音だけが響く。
白い仮面の男・・・俺はまだ見たことはないが・・・
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