ひと夏の思い出

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ひと夏の思い出

俺は浴槽に浸かりながら湯に顔を下向きに沈める 当然の如く息は出来ない 暫くする前に既に苦しい そのまま我慢するも直ぐに頭が上がってしまう ザバと水音を立て荒い呼吸が浴室に響く 何でこんな事をしているかと言えば 童心に帰りたいから? ふと子供の頃の夏の一場面を思い出したからだ 海に行ったのだ ごく当たり前の海水浴場で それ以外の事は忘れた 誰と行ったのだろう 両親は居た その他は分からない 海で 砂浜があって 茶色と鼠色の混じったような海水から 大勢の人が生えていた だから夏だった事にに間違いは無い 何となく暑さで朦朧とした意識が記憶にある 俺は浮き輪を着けて居ながら溺れたのだ 足の届く浅瀬で突然波に攫われた 溺れているという自覚もなく 天地のひっくり返る経験をした 本当に 空が何処にあるのかも判らずに 泥水の中をもがいた 息が詰まるような焦り 実際に息が出来ずに塩水を大量に飲み込んだ 鼻の奥まで砂が入り込みヤスリのように粘膜を削る  もがいたのは僅かな時間だったらしく 俺は死にもせず砂浜で噎せていた 浅瀬から足も付かない場所へ攫われた筈だが 気が付けば砂浜に転がって居たのだ 両親が助けてくれたのかとも思ったが 俺が居なく成ったことに気づいても居なかった そもそもオレのことを見てなど居なかった 誰が助けて呉れたのだろうか? 判らなかった そして解らかった 東京行の列車に乗った筈が 名古屋に居た・・・的な? そんな事を思い出したのだ あの時の事を知りたく成ったのだ 何があって 溺れた筈の俺が砂浜に居たのか 先ずあの時の事を一つでも多く思い出したく 浴槽に沈んで見る 一向に溺れる気配が無い 独り者のオッサンが浴槽で溺れる練習だ マッパで胡座をかき 自分の一物目掛けて身体を折り曲げる 自分のモノなんて 見慣れ過ぎて見たくもないので目は瞑る こうして何度も湯に頭を沈めて見ても シュールな光景に薄暗い苦笑が出るだけで 童心には帰れない もう止めようと、立ち上がった瞬間 足を滑らせ後ろ向きに湯に沈んだ ・・・・・・ ・・・・・ ・・・・ 助けは来なかった
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